奥野康俊の議員歴【悪質タックル事件被害選手の父】記者会見全文

2018年7月17日

内田監督の辞任で幕引きとはならず、「監督の指示」があったのかが焦点となっている「悪質タックル事件」

ここにきて事態は大きく動き、被害選手の父親が被害届を提出するとともに、公の場で会見に応じて心情を語りました。

被害選手の父親は、なんと!

大阪維新の会所属の大阪市議議員

奥野 康俊(おくの やすとし)

年齢 52歳
小学校 北豊島小学校
中学校 北豊島中学校
高校 大阪府立池田高等学校
大学 立命館大学理工学部卒業

議員歴

1995年(平成7年) 池田市議会議員に初当選
2010年(平成22年) 第69代 池田市議会議長
2011年(平成23年) 大阪府議会議員に当選
2015年(平成27年) 大阪市議会議員に当選

 

池田市議会議員

大学卒業後に、リクルートグループに就職し、29歳で池田市議会議員選挙に出馬します。

1637票を獲得し、30人の立候補者中8番目という立派な得票数で初当選しました。

 

その後も、常に上位で当選を続けて4期目には、第69代池田市議会議長まで務めました。

ちなみに、このときは無所属で出馬していました。

 

大阪府議会議員

2011年(平成23年)の第17回統一地方選挙で、大阪府議会議員選挙に、2010年4月に結成された大阪維新の会から出馬。

結成から初の地方選挙となったこの選挙で、維新は大阪府議会で単独過半数を獲得しました。

 

奥野康俊氏は、長年市議を務めた池田市から立候補。

池田市の定数は「1」で民主党の現職との一騎打ちになりました。

17860票 vs 17688票という大激戦の末、わずか172票差、得票率にして0.5%という僅差での勝利でした。

 

大阪市議会議員

大阪府議を1期務めた後、第18回統一地方選挙では、地元池田市を離れて大阪市議会議員選挙に出馬しました。

選挙区は、旭区で定数5

12,060票を獲得して見事にトップ当選を果たしました。

 

政治を志して23年。

一度も選挙で負けていないというのは凄いですね。

 

4女1男の父親

プロフィールに

スポーツが大好きで息子かやることをきっかけで再開したアメフトに夢中。

とありますので、ご自身も学生時代にアメフトをやっていたのでしょうか。

 

被害届を提出

6日の試合後に事件が明るみに出て、9日には警察に相談していたそうです。

被害届を提出するかどうかは、「日大側の対応如何」で判断することにしていたました。

 

当初は、早期に日大が謝罪をして解決するものと考えていましたが、日大の対応の遅さに不信感を募らせます。

そして、決定的だったのは19日に謝罪に訪れた日大の内田正人監督の、その後の会見。

 

記者の質問に「自分の責任」とだけ答えて、その原因を説明できない態度を見た結果、家族で話し合って、21日に警察へ被害届を出しました。

 

記者会見

そして、同じ21日の夜に大阪市内で会見を開きました。

「息子は元気に練習復帰できる状態になりました。

正直つらかったです。

1プレー目で退場してビデオを見た時に本当に大丈夫だろうか、という気持ちだった」

という言葉から始まった記者会見。

 

19日に内田監督からどのような謝罪があったのか

「そこ(謝罪)は、関学大サイドでお答えすることになっています」

とのことですので、24日をめどに日大から関西学院大学へに提出する再回答書の内容を踏まえて、改めて関西学院大学から説明があるようです。

 

「早くに収束すると思っていた。」

謝罪自体があのタイミング、全く理解できなかった」

と語り、日大からの

「指導者による指導と選手の受け取り方に乖離が起きていたことが問題の本質」

とする回答を見たときには

「その時はもう、憤りを超えて不信感しか募らなくなった瞬間でした」

と不満を表明します。

「ものは言いようだなと。

乖離で片付けてはアメフットが成り立たない。

なぜあの選手だけが違う行動をとっていたのか。

釈然としない」

としたうえで、内田監督の会見について

「加害者がなぜ、あそこまで追い込まれたか。

その1点を監督の会見で言ってほしかった。

彼があそこまで追い込まれた何かがあるのではないかと思っている」

として、加害選手への怒りではなく、日大側の対応への不満が大きいことを表明しています。

 

しかし、父親が議員さん、しかもこんな大ベテランの議員だったとは驚きです。

これだけ騒ぎが大きくなってしまうと一般の方だと精神的にも追い詰められて、どう対応していいのかわからなくなってしまうのではないでしょうか。

もちろん、奥野氏にしても本業とはまるで違う会見でしたが、長きにわたって議員として活躍されてきている方ですので、さすがの受け答えでした。

今後、中途半端な形で妥協した決着はあり得ないだろうと思われますね。

 

奥野康俊氏の会見の全文

 息子の件で、今日はお集まりをいただき、本当にありがとうございます。

まず、息子の状態ですけれども、元気に練習のほうへの復帰をできる状態になりました。

正直申し上げて、つらかったです。

6日に何があったかはわからなかったんですが、1プレー目で退場をして、(自宅に)帰ってあのビデオを見たときに、『本当に大丈夫だろうか』という気持ちでした。

いろいろ、家族のなかでも話し合いをして、息子も泣きながら、心配をかけたことに対して、『アメフトをやるんじゃなかった』と。

こう言ったことまでありました。

私は、議員をしておりまして、公人であります。

本宅のほうにも、事務所のほうにも、役所のほうにも問い合わせがあって、これまで名前と顔は伏せてくださいとメディアの皆様にはお願いをしておりました。

すべて、関学サイドの人がしっかりと応対くださり、今日までくることができました。

本来、このような会を開きたくはありませんでした。

それまでに解決をして、両大学が自由にのびのびとアメフトができる状態になることを望んでおりました。

毎日、あのビデオが流れるたびに、息子が目の前で何度も殴られる状態を見て、やはりその憤りは、私も家内も、収まることはありませんでした。

いろいろな情報を得るなかで、加害者がなぜあそこまで追い込まれたのか。

その一点を、あちら(日大)の監督の会見で、ひと言いっていただきたかったです。

5月6日にあの事件が起き、9日に警察に相談にあがりました。

届け出ではありません、あくまで相談です。

そしてさんざん家族で話し合った結果…、息子は悲痛な思いで私たち家族と話し合いをして、相談から被害届というかたちで、本日、家内と私と、息子3人で(警察に)受理をしていただきました。

そのご報告で、今日はお集まりいただき、本当にありがとうございます。

そして、ご心配をいただき、各方面からメールやSNSで『大丈夫ですか』というお問い合わせをいただいておおりました。

冒頭、申し上げましたように、もう元気な姿を見せて、少しくらいの痛みは辛抱して。

アメフトが好きな彼なので、その姿をまた見てやっていただきたいと思います。

本当にありがとうございます。

 

質疑応答

このタイミングで決断した理由は

「先ほど申し上げましたように、監督の会見で真実を聞くことができませんでした。

実質、なぜ彼をそこまで追い込んだのか。

あのコメントの中には監督ご自身が調査をするとおっしゃっおられました。

絶大な権力をお持ちの内田監督がチームをどのようにコントロールされたのか。

私は存じ上げません。

ただ、それまでそういった行為のなかったあのチームが、私の息子になぜあのようなことをしたのか。

報道では、潰してこい、壊してこい、殺してこい、けがをさせろ。

この4つのワードが出ておりました。

その言葉を聞くたびに、私の息子を潰してこい、息子を壊してこい、そのように聞こえてなりませんでした。

どの親も憤ると思います。

アメフットというスポーツがフェアで安全なスポーツであるということをもう一度世界の方々に知ってもらうためにも、きちっとした形で、これから開かれる委員会において、

あちらのチームのみなさんが正直にお答えいただいて、真相究明をしていただきたい気持ちで、本日冒頭、この件が報道されたときから、日大の対応いかんによって告訴まで検討せざるを得ない、

その一歩前の被害届を本日出させていただいたということでございます」

 

内田監督から謝罪を受けたときの状況は。監督からどのような言葉があったのか

「その件に関しましては、これまでの間全て関学のスタッフみなさまに一任をしておりました。

その件に関しての全ての報告については次回の記者会見等で話されるということになっておりますので、ご了承願いたいと思います」

 

内田監督の謝罪を受けての印象で被害届を出すことにした

「空港であったあの会見で、みなさまが思われた感情が、わたくしども親は当事者ですので、少し行き過ぎているのかな、一定のけじめはついたんだなと、

(感情を)押し殺していたのですが、世論とメディアのみなさまの反応を見ていくうちに、やっぱりきっちりきっちり奥深いものを解決しないことには日大のチームのみなさまも辛い目に遭われるだろうと。

これは関学サイドではなく、いち親として、もちろん息子と同じチームで戦っていた同級生も関西から日大へお世話になっております、

そのお子様もご両親も存じ上げております。

そんな中で本当に信じられなく、きょうの会見の日を迎えたことが本当に心苦しく思っています」

 

加害者は選手と思っているのか、それとも監督やチームと思っているのか

「そこの真相については私が申し上げることではなく。

彼があそこまで追い込まれた何かがあるのではないか。

同じスポーツマンとしてそのように思っております」

 

息子はどういう話をしていた

「息子は14年間アメリカンフットボールをやっております。

私も多少経験してましたから、けがの覚悟は多少しておきなさいよと常日頃申し上げておりました。

しかし、あのタイミングであのような悪質なタックルは、鳥内監督をはじめ、いろいろなアメフット関係者の方も同じ見解であります。

そんな中で彼は、家族で話したときにこんな悲しい思いをさせるんだったらアメフットをしなければよかったと、

泣きながら、声を殺して、涙を浮かべて会話をしたのが実際であります」

 

謝罪の場では内田監督からはどのような話があった

「それは関学サイドでお答えいただく事になっておりますので、ご了承願います」

 

日大選手が会見するという報道も

「こちらに来る前にその情報を得ました。

それについては日大を含めた対応で、ああいう行動を取った事実は綿足度もの責任ではありませんので。

その事実についてはしっかりと受け止めていただいて。

彼も息子と同じくらいまだ将来がありますから、そこは私どもではなくて委ねたところにご判断していただきたいと思っています」

 

被害届における加害者は誰に

「基本的に傷害をさせられた本人ということで、団体ではなくて、個人という形での受理になりました」

 

日大選手の名前は入った

「はい。加害者が確定しておりますので」

 

これまでは

「公人ですので、同じように名前と顔写真をということもありましたが、この間ずっとお断りをさせていただいていました。

問い合わせ等がありますから、本宅のほうにも9時前くらいに来て、ストレスが溜まるような状況でした。

全てのハンドリングを関学サイドに」

 

試合は見に行った

「もちろん見ておりました。

まず観戦したときはボールを追いかけます。

息子が投げたボールを追いかけていますから、その次の瞬間に彼が倒れているのを見て、何が起きたんだろうというのが正直なところでございます」

 

日大の反応次第で被害届けでない可能性もあった

「それは一貫して変わっておりません。

日大の対応いかんによっては。

それならば最初から被害届を出しています。

まず相談に行って、届出を踏んで、それでも真相究明されないならば告訴にせざるを得ないと思っています」

 

内田監督が辞意を表明した事について

「正直申し上げて、ここにいらっしゃるみなさまと同じ感想ということでご理解いただきたい。

モヤモヤとした気持ちでやはり釈然としない。

真実を語っているのか。

チームの選手がしたことを監督が責任を取る。

ただそれだけにしか聞こえませんでした。

指示があったのかなかったのか、壊せ潰せ殺せけがをさせろ。

この4つのワードを聞いてどれが真実なのか。

聞くところによると、キャプテンしかあるいは一部の人にしかコメントを求めていないと聞き及んでいます。

私は全部員正直に答えていただいて、もちろんコーチ陣も。

真相究明をしていただくことが、アメフットというスポーツにおいてその稟議を取り戻す方策だと思っております」

 

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