スペシャルウイークの死因・全成績【G1動画あり】馬の死因1位~3位

日本ダービーまで1ヶ月となった4月27日。

競馬のG1レース4勝の名馬・スペシャルウィーク(牡23歳)が、北海道日高町の日高大洋牧場で亡くなりました。

スペシャルウィークは、現役引退後に種牡馬として多くの産駒を誕生させ、約1年ほど前のから種牡馬としても引退。

生まれ故郷の日高大洋牧場で余生を送っていました。

 

日高大洋牧場
北海道沙流郡日高町旭町 北海道沙流郡日高町字旭町36

スペシャルウイーク

性別
毛色 黒鹿毛
生年月日 1995年(平成7年)5月2日
没年月日 2018年(平成30年)4月27日
没年齢 23歳
サンデーサイレンス(アメリカ)
キャンペンガール(北海道門別町)
生産 日高大洋牧場
馬主 臼田浩義
調教師 白井寿昭 (栗東)
厩務員 村田浩行
主戦騎手 武豊

母キャンペンガールが、出産の5日後に死亡したために、ばんえい競走用の農耕馬が乳母としてスペシャルウイークを育てました。

その乳母の気性がきつく、他の馬よりも人間の手によって世話をされることが多かったことで、人によくなついた仔馬だったそうです。

 

デビューは、1997年11月

新馬戦を単勝1番人気で勝利しました。

新馬のころは、抜群の瞬発力を活かした「差し」で勝負するレースが多く、6戦目で日本ダービーに参戦。

 

1998年 東京優駿(日本ダービー)

2着に5馬身差をつける圧勝。

稀代の名ジョッキーである武豊にとっても初のダービー制覇でした。

この後、徐々に差し切れないレースが増えてきたことで戦法を変更。

ある程度早い段階で前に出て勝負するスタイルに変えます。

 

1999年 天皇賞(春)

直線でメジロブライトの追撃を1/2馬身抑えて逃げ切り、G1レース2勝目となりました。

しかし、天皇賞制覇後に連敗。

実は、この時点ですでに、スペシャルウイーク陣営はシーズン後の引退を決めていました。

引退の花道を飾るべく、最後に狙うのは

天皇賞 (秋)

ジャパンカップ

有馬記念

の3レース。

 

秋の天皇賞

直前の調教での不調から、再び後方待機から差しで勝負する戦法に戻して勝負を挑みます。

この戦法があたり、直線でステイゴールドをクビ差抑えてレースレコードで勝利します。

これがG1レース3勝目。

天皇賞春秋連覇は、タマモクロスに続く史上2頭目の快挙でした。

 

ジャパンカップ

凱旋門賞の勝馬・モンジューなどの海外有力馬を抑えて連勝。

G1レース4勝目です。

 

有馬記念

このレースで引退することが決まっていたスペシャルウイーク。

最後方の位置取りから、最後の直線で猛烈な追い上げを見せて、グラスワンダーとほぼ同時にゴール。

武豊は差し切って勝ったと確信していたのですが、写真判定の結果、わずかに4cmという僅差での2着。

G1レース5勝目はなりませんでしたが、最後の最後まで名勝負を見せてくれました。

武豊

「競馬に勝って勝負に負けたという感じです」

 

スペシャルウイークの生涯成績

生涯成績は、17戦で10勝

敗れた7戦も2着4回、3着2回という圧倒的な安定感で、連帯率は驚異の82%

何も考えずにスペシャルウイークの馬券を買い続ければよかったのです。

 

生涯獲得賞金は、10億9262万3000円

これは歴代13位の記録です。

 

ちなみに、歴代1位は

テイエムオペラオーの、19億3518万円(26戦14勝)です。

 

全レースの結果

1997年

3歳新馬 1着 武豊

1998年

白梅賞 2着 武豊
きさらぎ賞 GIII 1着 武豊
弥生賞 GII 1着 武豊
皐月賞 GI 3着 武豊
東京優駿 GI 1着 武豊
京都新聞杯 GII 1着 武豊
菊花賞 GI 2着 武豊
ジャパンC GI 3着 岡部幸雄

1999年

AJCC GII 1着 O.ペリエ
阪神大賞典 GII 1着 武豊
天皇賞(春) GI 1着 武豊
宝塚記念 GI 2着 武豊
京都大賞典 GII 7着 武豊
天皇賞(秋) GI 1着 武豊
ジャパンC GI 1着 武豊
有馬記念 GI 2着 武豊

種牡馬としてのスペシャルウイーク

引退後は種牡馬となって、北海道の社台スタリオンステーションに繋養されました。

 

2003年 産駒がデビュー。

2004年 スムースバリトンが、東京スポーツ杯2歳ステークス (GIII) で中央競馬の重賞を初制覇。

2005年 シーザリオが、優駿牝馬を制覇し、産駒初のGI勝利。

2010年 ブエナビスタが、天皇賞(秋)を制覇し、史上初の父娘制覇を達成。

2011年 ブエナビスタが、ジャパンカップを制覇し、こちらも史上初の父娘制覇を達成。

 

通算の産駒は、1236頭。

勝利数は、中央競馬だけでも 856勝

そのうち、重賞勝利は、35勝(18頭)

さらに、G1レースの制覇は、8勝(3頭)でした。

中央・地方を含めたすべての産駒の全獲得賞金を合計すると、なんと

175億円にもなるそうです。

 

スペシャルウイークの死因

日高大洋牧場の発表によると

23日の放牧中に転倒。

左腰を強く打って馬房内で経過観察をしていました。

本日、馬房内で転倒しているところをスタッフが発見。

午後4時40分頃に死亡いたしました。

 

不慮の死とい残念な結果となってしまいましたが、サラブレットの死因は、今回のスペシャルウイークのように、怪我によるものが多いのです。

 

馬の死因・上位3つ

日高牧場によると、死因の1位~3位は

第一位 骨折

第二位 腸捻転

第三位 分娩事故

 

馬、特にサラブレッドは、棒のような細い足で500kg以上の馬体を支えます。

足1本あたり100kg以上の負荷が掛かるために、競走中や調教中などに何らかの原因で脚の骨に故障を発生させることがあります。

もちろん骨折やヒビがそのまま死につながるわけではありませんが、1本でも骨折してしまうと、残りの足で全体重を支えることが大きな負担となります。

そして、残りの足に負重性蹄葉炎(ていよう えん)や蹄叉腐爛(ていしゃふらん、ていさ ふらん)といった病気を発症し、自力で立つことができなくなってしまうのです。

 

よく知られているように、馬は立って寝ます。

短い時間であれば横になることもあるのですが、長時間横になっていると、その重い馬体によって内臓が圧迫されて、血流が止まって死に至るのです。

つまり、自力で立てなくなった馬はもう生きていくことが出来ないということになります。

 

スペシャルウイークも怪我の影響で、スタッフが目を離している間に自力で立つことが出きなくなってしまったのではないでしょうか。

 

骨折したら安楽死になるのか?

しかし、骨折したらすべての馬が死ぬというわけではなく、軽度の負傷であれば負荷を和らげるため、胴体をベルトで吊り上げたり、浮力で負担を軽減するためにプールを利用するなどの方法で回復することもあります。

回復が極めて困難な予後不良(よごふりょう)」と診断されると、薬物を用いた殺処分。

つまり安楽死となるのです。

 

過去に

サクラスターオー

ライスシャワー

ホクトベガ

サイレンススズカ

などの名馬も安楽死の処置がとられています。

 

中でも「ライスシャワー」は、1995年の宝塚記念のレース中に転倒。

症状が重かったため、コース上で安楽死措置が取られるという悲劇でした。

 

スペシャルウイークの死を悼む声

武豊騎手

「突然のことで驚いています。自分をダービージョッキーにしてくれた、とても特別な一頭です。一生忘れられません」

スペシャルウイークよ、安らかに。

 


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