衣笠祥雄さんを悼む声【江夏・山本浩二・古葉など】最後の対談動画

プロ野球の広島で活躍した鉄人・衣笠祥雄氏が亡くなったという知らせにプロ野球関係者は一様に驚きと悲しみに包まれています。

衣笠祥雄の死因は大腸がん(上行結腸がん)【鉄人最後まで仕事を続けて逝く】

江夏豊

衣笠氏の盟友ともいえる江夏豊氏

広島カープ初の日本一の立役者である江夏豊。

その日本シリーズ第7戦(近鉄バッファローズ戦)

「江夏の21球」の名場面はあまりにも有名です。

1点リードで迎えた9回裏ノーアウト満塁。

この大ピンチにブルペンでリリーフ投手が投球練習を始めたのを見た江夏は、「この土壇場で自身を信用していないのか」と自分を見失いかけました。

「そんなに信頼されていないのならば辞めてやる!」と思ったその時、1塁から歩み寄った衣笠氏が「辞めるときはオレもいっしょだ」

この一言で落ち着きを取り戻した江夏はノーアウト満塁の大ピンチを無失点で切り抜けて広島カープは初の日本一に輝きました。

 

奥さんから電話がかかってきた。

一口ではなかなか言いづらいけど、言えることは、いいヤツを友人に持ったということ。

本当に俺の宝物。

4月19日の解説で声がかすれておかしいと心配されていたことに触れました。

いずれ誰しも行く道だけど、早すぎた。

3日ぐらい前に電話で話したところだった。

その時はまあまあ、元気だったよ。

19日に横浜の試合でしゃべっていて、声が出てなかったから、声出とらんぞ、無理するなと。

そしたら分かった、分かったと。

最後に親友・衣笠にこんな言葉も。

サチは今は独りで寂しいだろう。

まあ、でも、今だけだよ。

そのうちオレもそっちに行く。

その時にまた野球談義ができる。

ちょっとだけ待っていてほしい。」

山本浩二

ともにカープ黄金期を支えたミスター赤ヘル。

「3年ぐらい前に体調が悪いと聞いていた。

先週、解説をしていたが、声に元気がないと感じていたがまさか。

キヌがいたから私も成績を残せた。

すごく張り合いがあってお互いが成長したいという感じだった。

よきライバルだったが、腹を割って話せた。

痛いところがたくさんあっても、知らん顔で平気で打席に立つ。

表にまったく出さない選手だった。」

古葉竹識

広島カープ初優勝時の監督。

「涙が出ました。サチが私より先に逝くとは。

最後に会ったのは2月ごろ。

体調を心配していたのですが、本人は『大丈夫よ』と。

私が監督時代、本当によく頑張ってくれました。

79年に死球を受けて亀裂骨折した時も、私に『絶対出たい』と言ってきた。

だから『よし、大事なところで使うから、準備しておけ』と伝え、代打で使ったんです。

ひどいケガにも負けなかったから、2215試合連続出場ができた。

プロとしてファンを喜ばせたいという責任感の強い選手でした。

お疲れ様、ありがとうと言いたい」

阪神・金本監督

広島カープの後輩、二代目鉄人。

「何年か前から体調が悪いというのは聞いていたんですけど、元気な姿とかを見れてたので、良くなってるのかなと思っていた最中なので、びっくりしたのが正直、ありますね。

名球会とかでちょこちょこはお会いしていて、僕も『体調が悪いというのは聞いたんですけど大丈夫ですか?』と質問もしたりしたんですけど、『おかげで元気だよ』ということを言われていたので、びっくりです。

現役の時も、カープの大先輩ですからよく声をかけていただいて。

僕もフルイニングの世界記録の時も電話をいただいて、記録が止まった時も『引き続き、記録は途切れたけどプレーはプレーでがんばれよ』という言葉もいただいて。

一緒にユニホームを着た時間はないんですけど、よく声をかけてくださる、気遣いの先輩でした」

大島康徳

ステージ4の大腸がんを患っていることを告白して、現在闘病中。

「私は今、ただただ呆然としています。

祥さんが…亡くなられた…嘘でしょ…祥さん…私はまだ受け止めきれずにいます。」

 

以下広島カープの関係者のコメント

大下剛史

悲しいというより寂しい。

二遊間を組んでいた(三村)敏之が逝って、今度はサチ。

これで75年の初優勝メンバーの内野手は私とホプキンスだけになってしまった。

北別府学

現役中、サードに衣笠先輩がいるだけで安心した。

尊敬する偉大な先輩。

あまりに急なことでまだ信じられない。

大野豊

広島のではなく、世界の衣笠さん。残念で寂しい。

現役も一緒にやらせてもらって、マウンドによく声を掛けに来ていただいた。

怒られたことは一度もない。

いつも優しく元気づけられた。

頼りになる方だった。

小早川毅彦

プロとしての厳しさ、責任感を教わり感謝し切れない。

アドバイスは技術的なことより精神的なことが多かった。

ユニホームの着こなしから帽子のかぶり方まで。

若手のお手本だったし、チームの後輩にとっては優しい先輩だった。

山崎隆造

ただただ、びっくりしている。

一回りも違う私にも、本当に良くしてもらった。

現役のころは話をするというより、ただ格好良くておしゃれで、憧れだった。

安仁屋宗八

見かけのイメージとは違い、誰に対しても優しかったし、とても紳士的な話し方をする男だった。

「鉄人」と呼ばれたんだから、いつまでも元気でいてほしかった。

これからも1人のOBとして、天国からカープの戦いを見守ってもらいたい。

 

 

最後に、衣笠さん最後の解説の仕事に急遽呼ばれたこの人。

槙原寛己

この日、スタッフから「衣笠さんの体調がもう一つなので、槙原さんも横にいてください」と急きょサポート役を頼まれて解説席に座ることになりました。

「体調が思わしくないというのは数年前からありましたので、大好きなお肉もだいぶ控えられていました。」

19日の衣笠さんの印象については

「非常にやせられた印象でした」

生中継が修了後には、衣笠さんから

「今日はありがとな」

と何度も繰り返しながら、槙原氏や実況アナウンサーと握手をして別れたのが最後だったそうです。

 

日本プロ野球界が生んだスターは何人もいますが、大きな大きな輝かしい星が一つ落ちました。

あとに続く選手たちに、本当のプロの姿を背中で見せながら。

心よりご冥福をお祈りいたします。

 

対談映像


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