井上堯之の死因【スパイダース・PGY・井上堯之バンド】ギターは独学

井上堯之さんが2018年5月2日に亡くなっていたことがわかりました。

井上堯之さんは、グループサウンズ「ザ・スパイダース」で活躍したギタリストで、ドラマ「太陽にほえろ!」や「傷だらけの天使」のテーマ曲などを残した人気ミュージシャンでした。

葬儀は5月5日、近親者のみで執り行うそうです。

 

井上 堯之(いのうえ たかゆき)

別名 井上 孝之
愛称 イノヤン
生年月日 1941年(昭和16年)3月15日
没年月日 2018年(平成30年)5月2日
没年齢 77歳
出身地 兵庫県神戸市
学歴 兵庫県立星陵高等学校卒業

高校卒業後は、なんと板前として働いていたという井上堯之さん。

芸能界入りのきっかけは、テレビのオーディション番組でした。

 

1961年4月5日 20歳の時に上京

池袋のジャズ喫茶「ドラム」で、結成間もないザ・スパイダースの演奏を聴いて、その場で加入させてほしいと直訴しました。

上京したばかりのこの若者を、現・田辺エージェンシー社長のリーダー・田辺昭知は、加入を認めただけではなく、5年にもわたって自宅に居候させて面倒を見ていたのです。

 

ザ・スパイダース

1961年結成のグループ・サウンズのバンド。

ブリティッシュ・ビートの曲風と、堺正章、井上順、かまやつひろしのコミカルなトークで人気だった「70年代のSMAP」

オリジナルメンバー

田辺昭知(リーダー、ドラムス)
伊藤源雄(ギター)
三科実(ベース)
山田元保(スチールギター)
日吉武(キーボード)

その後、メンバーチェンジと新加入を繰り返し

加藤充(ベース)
かまやつひろし(ギター、ボーカル)
大野克夫(オルガン、スチール・ギター)
堺正章(ボーカル、タンバリン、フルート)
井上順(ボーカル、タンバリン、パーカッション)
前田富雄(ドラムス)

などがメンバーとして名を連ねました。

 

ザ・スパイダース時代の井上堯之さんは、「孝之」と名乗っていました。

スパイダーズ時代の井上堯之さんは、「スリージェット」という3人組のコーラス&ダンスグループにも参加し、1962年に「スリージェット」はスパイダーズのボーカルを務めていました。

 

スリージェット

スパイダーズの井上堯之

キヤノンボールの小林隆美

モアナエコーズの箱田常雄

※後に、箱田常雄が脱退して、浅見裕が参加。

 

ギタリスト井上堯之誕生

井上堯之さんといえば、ギタリストで有名ですが、実はザ・スパイダースのギタリストの伊藤源雄さんが突然辞めてしまったことで、急遽、井上堯之さんがが、ギターを担当することになったことがギタリスト井上堯之の誕生でした。

このとき、井上堯之さんは、まだギターが弾けなかったので、独学で練習を積んで、リードギターを務めました。

 

実は、ギターに関して技術的には、かまやつひろしのほうが遥かに優れていたらしいのですが、かまやるのボーカルを活かして井上堯之さんのテクニックを向上させるために敢えてリード・ギターを担当させたようです。

こうして素人ギタリストが、一世を風靡するギタリストになってしまったのです。

 

1970年 かまやつひろしの脱退を契機に、ザ・スパイダースは解散します。

 

PYG

ザ・スパイダースが解散した1970年は、グループサウンズ全盛時代を支えた「ザ・タイガース」が11月に解散を発表、「ザ・テンプターズ」も12月に解散したという大きな節目の年でした。

1971年1月24日、タイガースの解散コンサートの後に、本格的ロックバンドを目指して、この3大グループのメンバーが集結。

ザ・スパーダースの、井上堯之さんと、大野克夫さん

ザ・タイガースの、沢田研二さんと、岸部一徳さん

ザ・テンプターズの、萩原健一さん

ミッキーカーチス&サムライの、原田裕臣さん

1971年2月1日 井上堯之さんをリーダーとして、「PYG」(ピッグ)を結成します。

1972年 萩原健一がテレビドラマ『太陽にほえろ!』に主演し、俳優としてブレーク。

萩原健一が参加できないときには「沢田研二と井上堯之バンド」として活動していました。

井上堯之さんの代表作とされる『太陽にほえろ!』のサウンドトラックは「PYG」時代の作品です。

沢田研二もソロでの活動が中心となり、1972年末には自然消滅します。

 

PYGは、「ジュリーとショーケン2大アイドルスターによるツインボーカル」という夢のようなバンドである一方

沢田研二と萩原健一の熱烈なファンによる争いが絶えず、コンサートでも妨害し合うようなこともありました。

同時に、硬派なロック・ファンにとっては、商業主義的なバンドの代表として猛烈な非難の対象ともなっていて、ロックフェスティバルで「帰れコール」を浴びて、空き缶やトマトが投げつけられることがありました。

今にして思うと本当にすごいバンドだったのです。

 

井上堯之バンド

PYGは、正式な解散はしていません。

萩原健一さんと沢田研二さんがソロ活動をメインとするうちに、PYGとして活動することがなくなり、その後、2人を除くメンバーで「井上堯之バンド」として活動を続けます。

 

沢田研二さんのライブでのバックバンドを務めたり

萩原健一さん主演ドラマのテーマソング「傷だらけの天使」などを担当し、1980年解散されています。

 

作曲家・井上堯之

1979年 沢田研二主演の映画「太陽を盗んだ男」のサウンドトラックを担当。

 

1986年 映画『火宅の人』のサウンドトラックで、

日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞しています。

 

1987年 作曲「愚か者」(近藤真彦歌)が日本レコード大賞を受賞。

その他、様々な音楽活動をしてこられました。

 

ミュージシャン引退

2009年1月6日、公式サイトにてミュージシャンとしての現役活動から引退することを表明しました。

引退の理由としては

近年、納得のいく音楽活動が出来ず、不完全感を抱いていたこと

そして、健康診断で「肺気腫」と診断され、現在は音楽活動に支障はないものの、徐々に活動を続けることが困難になるであろうこと

 

引退後、北海道小樽市に転住して、現地通所リハビリテーション施設にボランティアとして勤務。

これでミュージシャン井上堯之は終わったと思ったのですが、実は。。。

 

引退後も、リハビリ施設や周辺各地のイベントで演奏などもしていました。

さらに

2016年4月 最新録音技術の波動録音方式で収録された、アルバム「The Guitar」

2017年5月 「The GuitarII」をリリース。

まだまだ引退はされていないようでした。

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