衣笠祥雄の死因は大腸がん(上行結腸がん)【鉄人最後まで仕事を続けて逝く】

突然の訃報に驚きました。

元広島の鉄人・衣笠祥雄氏が亡くなっていることが分かりました。

鉄人も病気には勝てず、あまりにも早い71歳での他界に各方面からも嘆く声が聞こえてきます。

衣笠 祥雄(きぬがさ さちお)

旧名 衣笠 幸雄
生年月日 1947年(昭和22年)1月18日
没年月日 2018年(平成30年)4月
没年齢 71歳
出身地 京都府京都市東山区馬町
中学 京都市立洛東中学校
高校 平安高校
身長 175 cm
体重 73 kg

見るからに日本人離れをした顔立ちの衣笠さんですが、父親がアフリカ系アメリカ人で、在日米軍人だった方でした。

母親は日本人のハーフです。

実は中学で柔道をやろうとしていたのですが、柔道部がなかったためにやむなく野球部に入部したのが野球との出会いでした。

野球の名門・平安高校に進学し、3年生のときには、第36回選抜高等学校野球大会と第46回全国高等学校野球選手権大会に捕手として出場。

2大会ともベスト8に進出しています。

 

平安高校を卒業と同時に、広島カープに入団。

当時の夢は

「野球選手になったら、でかい家を買って綺麗な女と結婚する」

昔の選手はみんなこういうモチベーションだったのですよね。

 

プロ入り後に内野手に転向し、一塁手でレギュラーポジションをつかみ、後に三塁手にコンバートされました。

衣笠選手といえば、通算安打数歴代5位、通算本塁打数歴代7位の実績が示す通り、赤ヘル広島の黄金時代を山本浩二選手とともに牽引した大選手ですが、何よりその名を轟かせたのは「鉄人」の名にふさわしい連続出場記録。

連続試合出場記録日本記録 2215試合

連続試合出場記録世界2位

連続フルイニング出場歴代3位

 

連続試合出場記録は、1970年10月19日の対巨人戦から始まりました。

打撃不振などでスタメン落ちや途中交代などもありましたが、連続試合出場を継続させていた1979年に最大の危機が訪れます。

8月1日の対巨人戦で西本聖から死球を受け、左の肩甲骨を骨折。

全治2週間の怪我と診断され、1122試合で連続試合出場記録がストップするものと誰もが思いました。

特にデッドボールをぶつけてしまった西本投手は申し訳なさで激しく落ち込んでいたといいます。

ところが、その翌日。

「代打・衣笠」がコールされます。

これには広島ファンはもちろん、球場に詰めかけた巨人ファンのみならず巨人ベンチからも全ての人たちから大きな拍手が起こったといいます。

マウンド上には巨人のエース江川卓投手。

さすがにバットを振ることは出来ないだろうという周囲の思いに反して、3球連続でフルスイングしての三球三振。

この時の試合後のコメントが最高です。

「1球目はファンのために、2球目は自分のために、3球目は西本君のためにスイングしました」

「それにしても江川君の球は速かった」

 

そして、さらに驚くべきことに翌3日には、2番三塁手としてスタメン出場。

そのまま試合終了までフル出場をしたのですから、まさに鉄人です。

最終的には、2215試合まで伸ばした連続出場記録を讃えて、1987年に、王貞治に次ぐプロ野球界2人目となる国民栄誉賞を受賞しました。

また、1975年から衣笠のつけていた背番号「3」は広島カープの永久欠番となっています。

 

解説の声がおかしいと周囲が心配

解説者としての仕事を続けていた衣笠さんは、4月19日横浜スタジアムで行われたDeNA-巨人でTBSの解説者を務めました。

このときの衣笠さんの声がかすれ過ぎていて聞き取れないほどで、視聴者を始めとした周囲から心配する声が寄せられていました。

試合を中継したBS-TBSによると

「風邪をひいたと聞いています。

風邪をこじらせて、せきが出る状態だということです。

それで、急きょ槙原さんにも解説をお願いしました。

その後、衣笠さんの風邪が治ったかどうかは、確かめていないのでわかりません」

 

実は、衣笠さんは5月12日にも解説者として出演予定で

BS-TBSは、「次も予定通り解説していただくことになっています」とコメントしていました。

 

心配の声が上がったことに対して、衣笠さん所属事務所のキャスト・プラスの担当者は、次のコメントをしていました。

「ご心配ありがとうございます。

本人は、球場に自ら足を運ぶなど、仕事は普通にしており、体は大丈夫です。

次回も、テレビ中継には出演すると思います」

本人が周囲の人たちにも不調を隠していたのか、事務所も承知の上で最後まで仕事をしたいという本人の希望だったのか。

 

衣笠祥雄の死因

死因は「大腸がん」のようです。

<続報> その後の発表で、大腸の始まりの盲腸から上方に向かう上行結腸にガンが発生した、上行結腸ガンであることがわかりました。

大腸がんは、この30年で患者が5倍に増え、近年急速に患者数が増えているガンです。

食生活の欧米化などが原因といわれたこともありますが、実際のところは、高齢化社会になったことと、検査で見つけやすくなったことだといわれています。

 

実は、大腸がんは非常に見つかりにくいガンとしても有名なのです。

どんなガンでも同じですが、早期発見早期治療が最も重要で、適切に治療すれば治りやすいガンでもあります。

ガンは進行度合いに応じて、「ステージ1」から「ステージ4」までの4段階に分けられていることは有名ですが、大腸がんは、「ステージ3」までに発見されれば、治癒する確率が高いといわれています。

「ステージ3」とは、リンパ節転移があるものですが、80%近くは治ると言われています。

しかし、全身の他臓器に転移している「ステージ4」では死亡率が急に高まります。

 

自覚症状がない怖さ

大腸ガンの最も怖いところは、自覚症状がでにくく、早期発見が非常に難しいところです。

症状が出た時には、手遅れになっていたということも多いのです。

主な初期症状は次の通りです。

便に粘液や血が混じる

下痢や便秘が続く

お腹なかにしこりがある

残便感がある

便意はあるが出ない

 

どれも何となく調子が悪いな~と思いながらも、市販の胃腸薬などで済ませてしまいがちな症状です。

したがって、現実的には、定期健診で見つかることが多いようです。

 

現在日本では、大腸がん検診は、40歳以上の方は自治体で受けられます。

検便によって便潜血検査という方法で判定しますが、大腸ガンができていても陽性反応が出ない人も15%前後いるそうです。

しかし、毎年検診を受けていればいずれは見つかりますので、毎年忘れずに検診を受け続けることが最大の予防法です。

 

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