森田童子さんの死因【本名は?】動画あり

フォーク歌手の森田童子(もりた どうじ)さんが今年4月24日に亡くなっていたことが分かりました。

独特の歌声にファンも多かったフォーク歌手でした。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

森田 童子(もりた どうじ)

本名 非公開
生年月日 1952年(昭和27年)1月15日
没年月日 2018年(平成30年)4月24日
没年齢 66歳
出身地 東京都
レーベル ポリドール(1975 – 1979)
ワーナー・パイオニア(1980 – 1983)
事務所 小澤音楽事務所
海底劇場

森田童子さんは本名非公開の謎多きフォーク歌手でした。

東京都出身で、活躍した時代は学生運動が盛んで、学園闘争が吹き荒れる時代。

高校時代に東京教育大学の学生運動と交流があったと言われています。

高校を中退した森田童子さんは、20歳の時に、友人の死をきっかけに歌を作り、自ら歌うことを始めたのが歌手になるきっかけでした。

当時はフォークソング全盛時代で、吉田拓郎、井上陽水などを始めとした多くのシンガーソングライターが活躍していた時代。

そんな中でも、独特の世界観の歌詞に、つぶやくような歌い方で、森田童子さんは異色の存在でした。

デビュー

1975年10月 友人の死をモチーフに作った『さよなら ぼくの ともだち』で、ポリドールよりデビュー。

森田童子さんといえば、カーリーヘアにサングラス。

ライブハウスを中心に活動し、テレビやマスコミに出てくることはなく、その素顔をさらすことなく、独自の活動を続けます。

1983年 アルバム「狼少年 wolf boy」と新宿ロフトでのライブを最後に、引退を宣言しました。

シングル4枚

さよならぼくのともだち/まぶしい夏 1975年(昭和50年)
ぼくたちの失敗/ぼくと観光バスに乗ってみませんか 1976年(昭和51年)
セルロイドの少女/蒼き夜は 1978年(昭和53年)
ラストワルツ・菜の花あかり 1981年(昭和56年)

アルバム7枚を発表しています。

ドラマ「高校教師」

1993年1月、テレビドラマ『高校教師』の主題歌に1976年発売のシングル『ぼくたちの失敗』が使われたことをきっかけに、100万枚に迫るほどのリバイバル大ヒットとなりました。

「高校教師」の脚本担当である野島伸司氏が、高校時代にライブハウスで森田童子さんを見て以来のファンだったということだったようです。

ドラマの大ヒットも伴い、スト・アルバム『ぼくたちの失敗 森田童子ベスト・コレクション』が発売。

活動をしていた当時の森田童子さんを知らない多くのファンを獲得し、活動を停止してから10年後にオリコンチャート1位を獲得するという珍事となりました。

このリバイバルヒットに対して森田童子さんは

「現在は主婦業に専念しており、音楽活動を再開する気は全くない」

マスコミの取材には一切応じることなく、歌手としての復活もありませんでした。

1993年11月 映画版『高校教師』で『たとえばぼくが死んだら』が主題歌となり大ヒット。

2003年1月、10年振りにドラマ『高校教師』の新作が放送されたことをきっかけに、ベスト盤『ぼくたちの失敗 森田童子ベストコレクション』に、「海が死んでもいいョって鳴いている」の歌詞を一部変更して、新規に歌唱・録音された「ひとり遊び」が収録されました。

これが森田童子さん最後の作品となりました。

リバイバルヒットとしては、2015年9月に公開された映画『GONIN サーガ』で、『ラスト・ワルツ』が挿入歌として使用されたのが最後です。

森田童子さんの死因

森田童子さんには持病があったという話も伝わっていましたが、それについての詳細は不明です。

2010年ごろに、近しい人物が亡くなったショックを受けていたとの報道もありました。

2018年4月24日に亡くなったことがわかりましたが、死因は非公表。

最後まで素顔も、死因も謎のままの森田童子さんでした。


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