竹井和之・父寅次の名店を継いで【とら食堂のラーメンを通販で】

日本全国に様々なご当地ラーメンがありますが、とら系ラーメンという名をご存知でしょうか?

化学調味料を一切使わずにだしを取り、麺は完全手打ち麺のラーメンです。

福島県の白河市にある「とら食堂」が、とら系ラーメン発祥の地。

白河市は、人口約65000人に対して、約100店のラーメン店が軒を連ねるラーメン激戦区。

そんな「ラーメンの街」白河の超人気店、「とら食堂」の2代目、竹井和之さんについて調べてみました。

 

とら食堂 店主

竹井 和之(たけい かずゆき)

生まれ 1955年(昭和30年)3月
年齢 2018年4月現在、63歳
出身地 福島県
趣味 ゴルフと食べ歩き

白河ラーメンの父・竹井寅次

5人兄弟の末っ子として生まれた、竹井和之さん。

その父・竹井寅次さんこそが白河を「ラーメンの街」に育て上げた功労者です。

 

1925年(大正15年) 農家の次男坊として生まれた寅次さん。

戦前戦中に青春時代を過ごし、兄を戦争で亡くしながらも、家業である畑仕事に精を出す真面目な父だったのですが、1964年(昭和39年)5月に、自宅が火災で全焼してしまい人生が大きく変わります。

ショックですっかりやる気をなくしてしまった寅次さんは、田畑を親戚に任せて、人が変わってしまったかのように飲み歩くようになってしまいます。

 

そんなとき、白河市内に手作りワンタンが有名な「まるい食堂」の味に感動して、弟子入り。

わんたん職人として修業を積みながら、蕎麦打ちの技術を応用した手打ち麺と醤油味のラーメンが「寅さんの作るラーメンはうまい」と仲間内で評判となります。

 

そんな評判を聞きつけて寅次さんに教えを乞う人が訪ねてくると、惜しげもなくラーメンの作り方を教えました。

そのころに寅次さんの教えを受けてラーメン店を開いた弟子たちが白河の街にあふれ、「ラーメンの街」として発展していったのです。

 

寅次さんの教えを受け継いで独立したラーメン屋は100件以上にものぼるといわれています。

これが「とら系ラーメン」の始まりです。

 

竹井和之さんの中学時代には、寅次さんも自分の店を持って独立。

すぐに評判の店として繁盛していたのですが、わずか半年でつぶれてしまったそうです。

 

味は間違いない。

ところが問題は、寅次さんが評判の大酒のみで、ギャンブル好きだったことでした。

仕入れの金に手を付けて、競輪場へ足を運んではスッカラカンで帰ってくるような遊び人だったのです。

 

紆余曲折を経ながらも、寅次さんの作るラーメンは絶大な支持を得ていました。

そして、1973年(昭和48年)

実家の土地が売れたことで、そのお金を元手にして再びラーメン店を持つことになります。

 

その店が「とら食堂」でした。

まるい食堂で感動してラーメン人生を歩み始めてから9年後のことでした。

白河の中心部の商店街から遠く離れた地元の双石地区に出した店でしたが、そのラーメンの味に魅せられて瞬く間に人気店となります。

 

2代目とら食堂店主・竹井和之

竹井和之さんは、高校卒業と同時に上京し会社勤めのサラリーマンとして働いていました。

そんな和之さんがサラリーマンを辞めて地元に戻ってきたのは、とら食堂を継ぐためでした。

というのは、口実で

実は体の弱かった母が、

「いくら店が繁盛して稼いでも、ばくちばかりで店がダメになる」

と訴えたからだったとか。

 

19歳で父の元へ弟子入り。

繁盛店を作り上げた父の味を盗もうと修行に励みました。

 

ところが、父・寅次が56歳にして急死。

和之さんは、迷うことなく帰郷して、父の跡を継ぐことを決意します。

一人で店を切り盛りするようになって、常連客に「親父のころよりも味が落ちた」と言われることが何よりも悔しかったそうです。

 

「いかに先代を越えられるか」

を考えながら必死に腕を磨きました。

その努力はやがて、父の味を超えたとの評判をもらうまでになりました。

「基礎ができ、軌道に乗るまでに、おやじが死んで5年後くらいかかった。」

 

丸鶏と鶏ガラ、豚のゲンコツ、胴ガラでとる澄んだスープは化学調味料を一切使わない深い味わい。

「スープも含めて、店に入ったときから父親の仕事を習い覚えてつくっていました。

基本は父の味とつくり方。

そこから随分勉強して、材料など格段にグレードアップさせました。」

 

早朝4時から仕込みを始め、店に併設の麺打ち場で手打ちした麺は、1時間に約50食ほどしか作れないもので、3日間寝かせてコシを強くします。

父の味を守りながらも、

「若者の食生活や味覚が変わり、手に入る食材も変わる。『いつまでも変わらない味』などあり得ない」

と常に味の探求を続けながら現在に至っています。

 

とら食堂

福島県白河市大字双石字滝ノ尻1

電話 0248-22-3426
定休日 月曜日
(祝日と重なる時は翌日)
営業時間 11:00~14:30
16:00~18:00
(日祝は通し営業)

白河駅から徒歩45分
福島交通バス 「双石」で下車徒歩5分

 

超人気店ですので、日によっては2時間待ちということもあるそうです。

 

ちなみに、4月1日より値上げしたそうです。

 

竹井和之の弟子たち

竹井和之さんも、とら食堂のラーメンを学びたいという弟子に指導してきました。

湿度や温度によって変わる手打ちの方法や、チャーシューの焼き加減などを習得するには1年以上はかかるそうです。

そして何より

「人格は味に表れる。ラーメンは心で作るもの」

を大事にしているそうです。

 

今や白河のみならず日本全国に広がっている「とら系ラーメン」の店で唯一「とら食堂」と名乗りることを許され、暖簾分けをしたのが

 

とら食堂松戸分店

千葉県松戸市紙敷1-8-6

電話 047-311-2355
営業時間 11:00~14:30
17:00~21:00
定休日 毎週火曜日

 

店主・小林和明さんは、2年3カ月にわたる修行の末に、2011年開店にこぎつけました。

「最初の2年は技術を学ぶのに必死だったが、余裕ができると、一つ一つのものに真剣に向き合う竹井さんの姿勢から、心の大切さを感じた」

 

 

もう1店舗。

九州で唯一、とら食堂の味が楽しめる店がこちら

 

とら食堂 福岡分店

福岡県福岡市中央区六本松4-9-10 六本松コーポ 1F

電話 092-707-1015
営業時間 11:30~21:00頃
(麺がなくなり次第終了)
定休日 なし

 

福岡への出店は、ラーメン店「博多一風堂」の創業者、河原成美さんに、「福岡に来てほしい」と誘われことからでした。

 

「福岡の人は水炊きが好きだしね。しかもうちのは濁らせない鶏の一番だし。絶対にいける」

一風堂を展開する力の源ホールディングスの子会社が経営する形で出店しました。

 

竹井和之の年収

これだけの人気店ともなるとチェーン展開して稼ぐということを考えるのが普通です。

 

しかし、仕込みを含めて一から十まで人任せにできないという竹井和之さんは、多店舗化することもせず、ひたすら『とら食堂』の暖簾を守る道を選びます。

 

ラーメン屋は1日100食出れば繁盛店と言われますが、とら食堂は1日に約300杯を売り上げるとか。

 

客単価が1000円として、

1日の売り上げが、1000円×300人=30万円

週1回の定休で、月に25日営業として

月の売り上げが、30万円×25日=750万円

つまり、年間売り上げにすると

750万円×12ヵ月=9000万円

 

ここから

原価率 30%

人件費 30%

店はテナントではなさそうなので、その他の経費を10%とします。

 

つまり、利益は約30%残るものとすると

9000万円×30%=2700万円

年収としては税込みでこの程度になるのでしょうか?

 

おそらくチェーン展開すれば、ロイヤリティーが入ってくるので、一般的なロイヤリティーは売り上げの3~10%×店舗数が収入となります。

とら食堂よりは売り上げは低く見積もって、半分程度の5000万円の年間売上。

ロイヤリティーは抑えめで5%ととして考えてみます。

チェーン展開を10店舗とすると

5000万円×5%=250万円

250万円×10店舗=2500万円

一気に年収が倍になりますね。

 

それよりも自分の手で作り上げる1杯のラーメンに価値を見出している竹井和之さん。

ぜひとも「とら食堂」のラーメンをご賞味あれ!

 

「とら食堂」のラーメンを通販で買う

白河までは遠方で。。。

松戸も福岡も無理。。。

という方には通販で「とら食堂」のラーメンが味わえます。

 

竹井和之の著書

 


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