平山美智子の死因【インタビュー動画あり】94歳のソプラノ歌手

ソプラノ歌手の平山美智子さんが、2018年4月1日、ローマ市内の自宅で亡くなりました。

94歳でした。

葬儀・告別式はローマで行ったということです。

 

平山 美智子(ひらやま みちこ)

生年月日 1923年(大正12年)7月14日
没年月日 2018年(平成30年)4月1日
没年齢 94歳
出身地 東京府東京市

東京に生まれ育ち、青春時代に戦争を体験された平山美智子さん。

戦争のさなかでも音楽を学び、終戦前年の1944年、東京音楽学校(現・東京芸術大学)を卒業します。

 

戦後1953年、音楽活動を深めるためにイタリアへ留学をします。

イタリアでは、サンタ・チェチーリア国立アカデミア(ローマ)、キジアーナ音楽院(シエーナ)にて声楽を学びました。

 

その後、1957年にはオーストリアへ渡り、モーツァルテウム音楽院(ザルツブルク)でヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト作品の研究を始めました。

その後も、フーゴー・ヴォルフ以後の後期ロマン派音楽の研究などを手掛けています。

 

そして、このころ(1950年代後半~1960年代)、20世紀の作曲界における最大の謎と言われるイタリア貴族出のジャチント・シェルシと出会い、理想的な作曲家と演奏家の関係が生まれたといいます。

ジャチント・シェルシ

生年月日 1905年1月8日-
没年月日 1988年8月9日-
没年齢 83歳
出身地 イタリア、ラ・スペツィア


ジャチント・シェルシとの共同制作によって音楽活動を広げ、欧州各地でオペラ公演への出演する一方で、『山羊座の歌』を制作・発表します。

 

1960年よりイタリア・ローマに定住して、ヨーロッパでオペラや現代音楽をメインとした音楽活動を続けてきました。

ヨーロッパで活動していたために、日本でその歌声を聞くことは少なかったのですが、

2013年 90歳を記念して日本で『平山美智子-90歳の軌跡』を東京オペラシティで開催しました。

 

平山美智子の死因

現在のところ、平山美智子さんの死因については公表されていません。

また、病を患っていたという情報もありませんので、死因については不明です。

 

94歳というご高齢ですので、何らかの体の不調はあって当然ですが、病院ではなくご自宅で亡くなられたということですので、心不全などの可能性が高いように思います。

90を過ぎても現役ソプラノ歌手として元気な姿であったことがスゴイですね。

謹んでお悔やみ申し上げます。

 

平山美智子の歩んだ道【インタビュー動画】

ネットでの惜しむ声


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