スー・クレボルド【銃乱射犯人の母】アメリカの銃乱射事件の歴史

アメリカで銃乱射事件が起きるたびに社会問題となる銃規制問題。

しかし、この事件のインパクトは大きく、世界中に衝撃を与えました。

その犯人の母親が事件について語り始め話題となっています。

 

コロンバイン高校銃乱射事件

1999年4月20日

アメリカ合衆国コロラド州ジェファーソン郡コロンバイン

ジェファーソン郡立コロンバイン高等学校で起きた銃乱射事件です。

犯人によって射殺されたのは、教員1名、学生12名の13名

重軽傷者は24名

さらに、犯人の2人もその場で自殺しています。

 

エリック・ハリス(Eric Harris)

身長174cm、体重63kgとアメリカ人としてはやや小柄な少年。

 

ディラン・クレボルド(Dylan Klebold)

身長189cm、体重64kgの大柄で細身な少年。

 

乱射事件の背景

自由と平等の国アメリカ、しかし、いまだに黒人に代表される人種差別が残るアメリカ。

日本でも社会問題となる学校でのいじめ問題はアメリカでも課題です。

いわゆる「スクールカースト」によるいじめは日本の比ではないといわれています。

 

乱射犯のエリック・ハリスとディラン・クレボルドも、高校入学後しばらくしてから、いじめの対象となっていました。

日本でも同様の傾向がありますが、不良グループやスポーツに秀でた者たちがスクールカーストの頂点。

彼らは、「ジョック」と呼ばれていました。

 

ジョックの取り巻き連中や、文科系でも何らかの秀でたものがあれば平穏な学校生活を送れますが、スポーツが苦手だったり、人付き合いの苦手な者がカーストの底辺でいじめにあいます。

しかし、一方的にいじめ続けられたのかといえば、どうやらそうではない。

実は彼ら自身も黒人やヒスパニック系を馬鹿にし、イジメていたのである。黒人の生徒を撃つ時は「ニガー」と侮蔑していたのだ。

 

同じようにいじめを受けていた者たちとともに、自警団を組織します。

その自警団は黒色のトレンチコートをシンボルとして、「トレンチコート・マフィア」と自称していました。

「トレンチコート・マフィア」は、アドルフ・ヒトラーとマリリン・マンソンを信奉し、爆弾や手榴弾を製造するなど、ジョックの攻撃から自衛するために武装していました。

当然、普通の生徒からしたらとんでもない危ない連中で、イジメられっ子どころではなかったという証言もあります。

 

つまり彼らはカースト上位のジョックから身を守ろうとして、ますます孤立していったのです。

エリック・ハリスは、ネット上で爆弾の製造法、友人であったブルックス・ブラウンの殺害予告を書き込んで警察に通報されています。

 

他にも、2人は路上の車から電気製品を盗もうとして現行犯逮捕される。

大学にも不合格。

海兵隊への入隊も拒まれる。

ドンドン悪くなる状況に対して、最後に選んだのが校内乱射計画でした。

 

裁きの日

1999年4月20日

ちなみに、トレンチコート・マフィアが信奉する、アドルフ・ヒトラーの誕生日は、1889年4月20日

つまり、この日が生誕110周年でした。

しかし、この日以降、4月20日はヒトラーの誕生日ではなく、「裁きの日」と呼ばれることになります。

 

恐怖の45分間


1階にあるカフェテリアのランチ前。

ハリスとクレボルドの計画は、20ポンド (9kg) のプロパン爆弾を11時17分に爆発させ、逃げてきた人たちを銃撃するというもの。

用意した強力な爆弾は2つ。

1階のカフェテリアとともに、2階の図書館も爆破して、500名の生徒を殺害する計画だったといいます。

カフェテリアに爆弾を置いた後に、爆発を待つためにカフェテリアを出て車の中で待つハリスとクレボルド。

 

しかし、カフェテリアの爆弾は爆発しませんでした。

ここで計画を変更。

爆弾は諦めて銃撃することを決意します。

 

エリック・ハリスが使用した銃器

Hi-Point 995 9mm カービン
Savage-Springfield 67H ポンプアクション式ショットガン(ソードオフに改造)

ディラン・クレボルドが使用した銃器

Intratec TEC-9
Stevens 311D ダブルバレルショットガン(ソードオフモデル)
イントラテック TEC-DC9

 

そして、11時19分

ハリスが「ゴー、ゴー」と叫び、銃撃が開始されました。

ランチを楽しんでいた者、図書館にいた者が、次々に銃撃にあいます。

 

午後0時2分

ハリスとクレボルドは図書館で、自らの銃で自分を撃ちました。

銃撃が始まってから、約45分の惨劇でした。

 

ディラン・クレボルドの母 スー・クレボルド

この大事件の犯人となったハリスとクレボルド。

一般的に主犯はハリスであるとされていますが、もう1人の犯人であるディラン・クレボルドの母親が、事件のことを語り始めています。

ディラン・クレボルド

数学が得意で、内気な性格でおとなしかったが、傷つきやすい自尊心を持ち、突然怒りが爆発してキレることがあったといいます。

 

中学2年までいた学校は地域でも非常に優秀な学校で、引っ越しのために転校し、ごく普通の学校でいじめにあい、人生が変わってしまいます。

 

母・スー・クレボルド氏

コロンバイン高校銃乱射事件は、そのコミュニティや社会がその衝撃を理解するのに何年もかかり、私自身、息子の残したものを受け入れるまで、何年もかかりました。

息子の残虐行為は、私の知る息子と彼は全くの別人だった。

「知らないなんてありえなくないですか? あなたはなんて母親なんだ」と言われても、未だに自分に同じ問いを投げかけている。

 

私は自分のことを良い母親だと思っていました。

自分の息子が優しく、健康的で、責任感のある大人になるように手助けすることこそが、私の人生で最も重要な役目でした。

人を殺し、傷つける人の母親であるという経験はどのようなものかを共有するため講演を始めました。

 

大量殺人を犯した母という立場で講演をする。

普通に考えたらとてもできることではありません。

なぜ、スー・クレボルドは事件のことを語ることを決意したのか。

 

自分の息子が銃撃事件を起こし、多くの人の命を奪った上に自らの命も断つという極限状態において、どのような背景があり、心の動きがあったのかを知りたい。

しかしそれについての研究は少なく、単純な答えはありません。

 

銃乱射の2年後、スーは乳がんを患い、その2年後、精神病を患い始めました。

遺族に偶然出会うこと、記者や自分のことを知っている市民に近寄られることに怯えていました。

ニュースを自分の息子や自分を非難されることを恐れ、遺族に面と向かって会わなければならないときに、パニック発作を起こしました。

それでも、自分の息子の起こした事件に向き合うことを続けます。

 

 

それにしても、日本でこういうことは出来ないのではないかと思ってしまいます。

加害者の親が表に出てきた時点で、袋叩きにあうのでは?

同情して欲しいわけではなく、ただひたすら謝罪をするのでもない。

 

 

スーが講演で常に考えていることは

遺族が失ったものは、私が失ったものと比べものにならないことを知っています。そして、私の苦労が他の人の気休めにならないこともわかります。

私には苦しむ権利がなく、懺悔する人生しかないと思う人がいることも知っています。

しかし、愛が故に我々は知りえないことを知る努力をすべきです。

 

 

 

 

未成年者の実名報道

コロンバイン銃乱射事件を始めとして、アメリカなど欧米では事件を起こした犯人が未成年であっても、報道の初めから実名報道です。

実名だけではなく、顔写真から住んでいる場所や生い立ちまで、すべてがオープンにされます。

日本であれば、法的に厳密な規制はないものの、ほぼ匿名での報道が基本となります。

最近は匿名で報道してもネットで晒されてしまいますが、テレビや新聞では、未成年者の犯罪については、実名報道によって更生の機会が失われることを危惧されます。

その一方で、被害者の実名や顔写真は公表されるのが普通で、二次被害にあう危険性が指摘されています。

対して欧米では、何よりも優先されるのは、国民の「知る権利」

だれがどんな事件を起こし、どんな背景があったのか。

犯人が更生するか、再犯するかよりも、自分たちが同じような犯罪被害にあわないための情報を得ることが優先されるのです。

 

アメリカでの銃乱射事件の歴史

銃社会のアメリカでは、これまでもたびたび銃乱射事件が起こっています。

過去の銃乱射事件を確認しましょう。

 

1984年7月18日

マクドナルド銃乱射事件

場所 カリフォルニア州サンディエゴ
犯人 ジェイムズ・ヒューバティ
死者 21人
負傷者 19人

犯人は特殊部隊のスナイパーによって射殺されました。

 

1986年8月20日

郵便局銃乱射事件

場所 オクラホマ州エドモンド
犯人 郵便局員パトリック・ヘンリー・シェリル
死者 14人
負傷者 6人

 

1991年10月16日

カフェ「ルビーズ」銃乱射事件

場所 テキサス州キリーン
犯人 ジョージ・ヘナード
死者 23人
負傷者 27人

 

2007年4月16日

バージニア工科大学銃乱射事件

場所 大学寮
犯人 大学生チョウ・スンヒ容疑者(23歳)
死者 32人
負傷者 17人

 

2009年4月3日

ニューヨーク州ビンガムトン銃乱射事件

場所 米市民協会の移民センター
犯人 バリー・ウォン
死者 13人
負傷者 4人

 

2009年11月5日

陸軍基地銃乱射事件

場所 テキサス州フォート・フッド
犯人 精神科医ニダル・マリク・ハサン少佐
死者 13人
負傷者 32人

少佐は拘束され、死刑判決が言い渡されました。

 

2012年12月13日

サンディ・フック小学校銃乱射事件

場所 コネチカット州ニュータウン
犯人 アダム・ランザ(20歳)
死者 児童20人と教員6人
負傷者 教員1人

 

2015年12月2日

カリフォルニア州サンバーナーディーノ銃乱射事件

場所 カリフォルニア州サンバーナーディーノ
犯人 サイード・リズワン・ファルクとタシュフィーン・マリク夫妻
死者 14人
負傷者 22人

 

2016年6月12日

ゲイクラブ銃乱射事件

場所 フロリダ州オーランド
犯人 オマール・マーティン(29歳)
死者 50人
負傷者 53人

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