今明秀【劇的救命・八戸ERのサンダーバード作戦】家族は妻と子ども3人

リアル「コードブルー」とも言われるフライトドクターにして病院長。

青森にある普通の総合病院を救命医であれば知らぬ者はいないというERに育て上げ、「劇的救命」を合言葉に今日も命を救い続けるドクター・今 明秀さんを紹介します。

 

今 明秀(こん あきひで)

八戸市立市民病院 院長兼臨床研修センター所長

生まれ 1958年(昭和33年)
年齢 2018年2月現在、59歳
出身地 青森県
大学 自治医科大学卒業

研修医時代~救急医になるまで

1983年に自治医科大学を卒業(6期生)した今明秀Dr.は、故郷の青森県にある青森県立中央病院で研修医を務めました。

研修2年目に起きた「本町おかみ殺人事件」が、その後の医師人生を変えました。

当直だった日曜日の朝、暴漢に襲われた女性が緊急搬送されてきたのですが、経験がない今明秀Dr.は先輩医師の到着を待つ間に意識を失った患者は、今明秀Dr.の目の前で亡くなります。

この一件で、今明秀Dr.はすっかり医師としての自信を失ってしまいます。

 

研修後に勤務したのは、青森県三戸郡倉石村(現:五戸町)の倉石村診療所

医師は、今明秀Dr.ひとり。

この僻地医療の現場で経験を積み、翌年に「へき地中核病院公立野辺地病院」に外科医として勤務。

当時は、へき地診療所巡回診療と六ヶ所村診療所外来を受け持ち

2年後に、六戸町立病院に外科医として勤務したころには、年間200日の当直をこなすという激務でした。

年間200日ということは、週に4回ですね。

ものすごい激務だ。。。。

 

その後は、

1990年 青森県立中央病院救命救急センター 外科

1991年 下北医療センター国保大間病院 外科副医長

1993年 へき地中核病院公立野辺地病院外科副医長

 

僻地医療に長く携わる中で、青森県には救急医療体制が整っている地域は非常に少ない現実を思い知ります。

自信を失った研修医時代の記憶がよみがえり、

助かるはずの命を助けられるために

地域の救急医療体制を担う道を歩むことを決意します。

 

当時の青森県に、現場の第一線で働く救急専門医が一人もいない状態でした。

今明秀Dr.は、救急医療を学ぶため、東京の日本医科大学高度救命救急センターへ。

そこで関連病院の川口市立医療センターに赴任することになり、救急医療の現場に立つことになります。

 

5人の救急医師が、年間2,000人の重傷患者に対応。

そのうちの4分の1にあたる 500人が重症の外傷で、その全ての手術に対応する毎日。

月10回の当直、そして当直以外でも24時間いつ呼び出しがかかるかわからない状態で、緊急手術をこなしながら、救急技術を習得しました。

若い救急医を指導する立場にまでなっていた今明秀Dr.でしたが、故郷の青森県で救急医療が遅々として進まない現状に心を痛め、ついに故郷の青森へ戻ることを決意します。

 

八戸市立市民病院

2004年4月 八戸市立市民病院に救命救急センター所長に赴任。

八戸市立市民病院

青森県八戸市田向毘沙門平1

当時の八戸市立市民病院は、医師不足の小さな病院で、臨床研修センター所長も兼務しました。

この地に、東京にもないような救命救急センターを作ることを目指して今明秀Dr.の戦いが始まります。

 

そして、10年間で救急専門医を40名育て、救急医ならば知らぬ者はいない日本一のERを作り上げたのです。

2017年4月より病院長も兼任。

今日も、「助かるはずの命を助けるために」1,500人の職員と共に働いています。

現在では、全国の地方救命救急センターで、ドクターヘリが導入されていますが、院長自らがフライトドクターとして飛んでいるのは今明秀Dr.のみなのです。

 

八戸市立市民病院の救急体制

重症患者を24時間体制で受け入れ、何科が担当するのか、軽症なのか重症なのかを問わず、救急患者を救急医師が一貫して受け持つ新しい日本型救急システムを確立しました。

重症患者発生から退院までの流れは以下の通りです。

1.ドクターカー、ドクターヘリで出動した医師が、発生場所で緊急処置を開始する。

八戸ERから走って30秒のヘリポートにドクターヘリが常駐。

要請を受けてから4分で離陸し、目的地まで10分以内に到着。

現場での緊急処置が15分。

「ドクターヘリの現場にはレントゲンもなければ血液検査もできない。そこで15分間で処置する訓練が必要なのです」

より迅速に治療を開始することで、これまで救急車で病院に搬送されてから治療が始まっていたのでは助からなかったであろう重症患者が助かっています。

 

2.八戸ERに搬送し、24時間体制であらゆる救急患者に対応。

緊急処置を15分以内に終わらせて、10分でERへ帰還。

すぐに手術室、集中治療室へ向かいます。

 

3.救命救急センターの重症集中治療室へ

この集中治療室で、国内最高レベルの医療と看護を提供します。

 

4.救命病棟でのリハビリ

救命救急センターでの治療によって症状が落ち着いてきたら、救命病棟にてリハビリを開始して退院後の社会復帰を目指します。

ドクターカーは年間1,500件、ドクターヘリは500件出動して多くの命を救っています。

 

サンダーバード作戦

八戸市立市民病院の救命は名付けて「サンダーバード作戦」

医療用語ではなく、今明秀Dr.の命名だそうです。

『サンダーバード』 (Thunderbirds) とは

1965年にイギリスで放映された人形劇。

世界各地の事故や災害で絶体絶命の人々を国際救助隊という秘密組織が救助するという特撮テレビ番組です。

日本では1966年から放映開始。

 

テレビの中のサンダーバードでは、国際救助隊が駆使するメカが、空から陸から水中から、果ては遠く宇宙から、全5機が出動して活躍していました。

このように、空と陸の両方から同時に出動することを、今明秀Dr.は「サンダーバード作戦」と名付けました。

ドクターヘリは天候によって着陸が難しい場合や、適切な着陸地点がない場合に、ドクターカーの方が早く現場に到着できることもある。

患者は1人なので、結果的に遅く到着した方が無駄になってしまいますが、それでも

「1人の命の重さを考えれば、あらゆる手を尽くすのは当然」

として、病院から10km~15km付近のエリアにはドクターヘリとドクターカーが同時出動することを基本としています。

ちなみに、サンダーバードにあやかって、4台のドクターカーと1機のドクターヘリに、次のように命名しているそうです。

サンダーバード1号 消防の白い救急車(同乗実習で現場出動)
サンダーバード2号 ラピッドドクターカー1号 トヨタ RAV4
サンダーバード3号 消防の赤いポンプ車(深夜帯にピックアップで現場出動)
サンダーバード4号 ラピッドドクターカー2号 スズキ・エスクード
サンダーバード5号 ドクターヘリEC135

 

八戸市立市民病院には、ドクターヘリ、ドクターカー以外にも次のような救急出動を支える装備があります。

 

移動緊急手術室

八戸市立市民病院では、八戸工業大学と移動緊急手術室を共同開発しました。

ドクターヘリは夜間は運行できないため、夜間は陸路搬送になる。

それでは助けられない命があるため、手術室をドクターカーにくっつけて現場方向に出発することが出来ます。

現場から病院へ向かう救急車と途中の道路でドッキングしそこで緊急手術を開始することが可能です。

2016年は6回出動し、フェリー埠頭で、溺水低体温心肺停止の女性に岸壁に手術室を展開し、1か月後に社会復帰した例があります。

 

ドクタージェット

さすがにドクタージェットは八戸市立市民病院の装備ではありませんが、広域な面積を抱える北海道において救命救急医療を格差なく提供するため、ドクターヘリに加え全道域をカバーするドクタージェットの運航が行われています。

隣県である青森からドクタージェットを要請し、手術目的に北海道の病院へ重症外傷患者の転院搬送を行っています。

 

今明秀Dr.の家族

医師、特に救急医は激務でゆっくり寝る暇もないというイメージがありますが、実際のところはどうなのでしょうか?

今明秀Dr.によると

達成感がある職場に「忙しい」というnegativeな言葉は似合いません。

充実しているんです。

生活バランスについては離婚率ゼロ、子だくさん、毎年結婚ありです。

恐れ入りました。

さて、ご家族についてですが

奥様

お子さん

長男、次男、長女の3人

5人家族のようです。

 

多忙な夫であり父であったのだろうと思いますが、人の命を救い続ける仕事に誇りと情熱を持って取り組んでいらっしゃる姿に感動し、尊敬します。

 


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