石牟礼道子の死因【パーキンソン病を患う】水俣のジャンヌダルク

水俣病患者の苦しみや尊厳を描いた「苦海浄土」で知られる作家、石牟礼道子さんが2月10日の未明、熊本市の介護施設で死去されました。

石牟礼 道子(いしむれ みちこ)

生年月日 1927年(昭和2年)3月11日
没年月日 2018年(平成30年)2月10日
没年齢 90歳
出身地 熊本県天草郡河浦町(現・天草市)
職業 小説家・詩人
最終学歴 水俣実務学校

石牟礼道子さんの生家は石工で、道子さんの生後間もなく水俣町(現・水俣市)に引っ越しました。

地元熊本県で代用教員をしていた普通の主婦でしたが

1958年に、谷川雁の「サークル村」に参加して文学活動を開始します。

1959年 原因不明の奇病と言われていた水俣病患者の姿に衝撃を受けた石牟礼道子さんは、

「これを直視し、記録しなければならぬ」

1969年に、水俣病患者の姿を世に伝えるために「苦海浄土」第1部を刊行しました。

 

水俣病は大きな社会問題となり、公害に対する日本人の意識を大きく変えるきっかけとなる1冊となりました。

1970年には、第1回大宅壮一ノンフィクション賞に選ばれたが、辞退しています。

「苦海浄土」は3部構成となっていて

1974年 第3部「天の魚」
2004年 第2部「神々の村」

の刊行によって完結しました。

 

水俣病第1次訴訟を支援する「水俣病対策市民会議」の発足など、その半生を水俣病患者の支援に尽力。

支援者の中心的な存在として、そのカリスマ性とリーダーシップが支持されていました。

支援者たちからは

「水俣のジャンヌ・ダルク」

「巫女(みこ)」

と呼ばれていました。

 

石牟礼道子さんの死因

2002年ごろ

石牟礼道子さんは、パーキンソン病を患います。

パーキンソン病

症状

手足のふるえ

動作が遅くなる

体を動かそうとすると抵抗を感じる

姿勢を保持できず転びやすくなる

 

発症年齢

主に50歳以上で起こる病気です。

40歳以下の方でも、若年性パーキンソン病に罹患することもあります。

 

原因

大脳の下にある中脳の黒質ドパミン神経細胞の減少が原因です。

 

治療方法

治療は薬物療法となります。

 

難病ですが、直接の死因となることはなく、平均寿命も通常の方と変わらないといわれています。

 

人前に出る機会は減ったものの、口述筆記などで執筆活動を継続していたという石牟礼道子さん。

心より冥福をお祈りいたします。

 

著作

1969年 苦海浄土 わが水俣病 講談社文庫
1969年 天の魚 続・苦海浄土 講談社文庫
1986年 陽のかなしみ 朝日新聞社
1988年 西南役伝説 朝日新聞社
1988年 乳の潮 筑摩書房
1989年 海と空のあいだに – 石牟礼道子歌集 – 葦書房
1989年 不知火ひかり凪 筑摩書房
1994年 葛のしとね 朝日新聞社
1994年 食べごしらえおままごと ドメス出版
1995年 あやとりの記 世織書房
1996年 蝉和郎 葦書房
1996年 形見の声 – 母層としての風土 筑摩書房
1997年 天湖 毎日新聞社
1997年 水はみどろの宮 平凡社
1999年 アニマの鳥 筑摩書房
1999年 十六夜橋 筑摩書房
2000年 潮の呼ぶ声 毎日新聞社
2001年 煤の中のマリア – 島原・椎葉・不知火紀行 平凡社
2002年 はにかみの国 – 石牟礼道子全詩集 石風社
2004年 石牟礼道子全集 不知火 藤原書店
2005年 花いちもんめ 弦書房
2012年 最後の人 – 詩人高群逸枝 藤原書店
2014年 霞の渚 石牟礼道子自伝 藤原書店
2014年 祖さまの草の邑 思潮社

受賞歴

1973年 マグサイサイ賞
苦海浄土
1993年 紫式部文学賞
十六夜橋
2002年 2001年度朝日賞
2003年 2002年度芸術選奨文部科学大臣賞
はにかみの国 石牟礼道子全詩集
2013年 エイボン女性大賞
2014年 第8回後藤新平賞
2014年 第32回現代詩花椿賞
祖さまの草の邑

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