UZI逮捕・刑罰は?釈放か、実刑か、執行猶予か

ラッパー「UZI」こと許斐氏大さんが大麻を所持していた疑いで、厚生労働省の麻薬取締部に逮捕されました。

UZI(ウヂ)

本名 許斐氏大(このみ うじひろ)
生年月日 1974年(昭和49年)1月29日
年齢 2018年1月17日現在、43歳
学歴 慶応幼稚舎~慶應義塾大学

慶応幼稚舎(小学校)から慶応ボーイとして過ごしたUZI

小学校時代は、野球、ラグビー

中学校時代は、ラグビー、柔道

高校時代は、アメフト、水球と多くのスポーツをしていました。

こう見ると、さわやかなスポーツマンというイメージですが、実は。。。

 

高校時代には全く勉強もせずに、ヒップホップとレゲエにのめり込み、タバコを吸いながらパチンコ屋に入りびたるという、いわゆる不良高校生でした。

そんな現場を高校の先生に見つかったときに、球がぎっしり詰まった箱を3箱渡して許してもらったとか。

おいおい・・・

 

ゲームセンターでもその名をはせ、「ギャプラス」というゲームのランキング表をUZIの名前で埋め尽くし、「ギャプラス小僧」と呼ばれていました。

 

大学卒業後の1997年 メジャーデビュー。

なかなか売れずに一時期、活動を休止しますが、2001年に再デビュー。

AbemaTVの「フリースタイルダンジョン」の進行役として、「うぇいよー!」の掛け声で一躍人気を集めていました。

 

逮捕容疑

UZIの逮捕容疑は、

乾燥大麻約600グラム(末端価格300万円相当)を自宅に隠し持っていたことによる、大麻取締法違反(所持)。

 

厚生労働省関東信越厚生局麻薬取締部による現行犯での逮捕とのことですので、

UZIは 「自分で使うために持っていた」と容疑を認めています。

 

逮捕はタレコミか?

大麻取締法違反での逮捕は、大きく分けて、

挙動不審から職務質問を受けて発見される場合と

捜査当局が情報を得て家宅捜索に入って発見する場合があります。

 

今回は自宅で現行犯逮捕されたということなので、UZIが大麻を所持しているという情報を捜査当局が得ていたものと思われます。

売人から漏れたのか、近い人間がタレコミをしたのか。

芸能人だと、タレコミによる情報提供が多いという印象があります。

 

大麻取締法違反(所持)

大麻は海外の一部では合法であり、そこで覚えたものをやめられなくて国内に持ち込んでしまうケースも多いようです。

そんなこともあって、覚せい剤などに比べて、罪悪感が少ないことが問題となっています。

また、再犯率の高いことも特徴の一つです。

実は大麻は所持すると違法ですが、使用は違法ではありません。

なぜ???

大麻の成分は元々体内に存在する成分であるため、大麻使用を照明することは難しいのです。

 

UZIは大麻を所持していたということで逮捕されましたが、刑法によると、使用目的での大麻の所持の刑罰は

「懲役5年以下」

ちなみに

◆大麻の栽培・輸出入は「懲役7年以下」

◆営利目的での大麻の栽培・輸出入は、「懲役10年以下、情状によって300万円以下の罰金の併科」

◆営利目的での大麻の所持・輸出入は、「懲役7年以下、情状によって200万円以下の罰金の併科」

 

大麻取締法違反で逮捕された場合、ほぼ間違いなく検察へと送致(送検)、勾留されます。

勾留中は証拠隠滅を防ぐために接見禁止処分となることも多いです。

 

起訴猶予または執行猶予の可能性

大麻取締法違反により送検された場合の実際の刑罰はどうなるのかといえば、約半数は起訴猶予処分となります。

起訴猶予とは、犯罪であることは認めたうえで起訴を見送るという処置です。

つまり、釈放されます。

 

また、仮に起訴されても、初犯で反省が見られれば、執行猶予処分となることがほとんどです。

 

罰金刑のない大麻取締法違反では、実刑となるのは再犯の場合や、悪質な場合に限られるようです。

UZIの場合も、容疑を認めているということですので、拘留され取り調べを受けた後に、起訴猶予で釈放、または執行猶予処分とされる可能性が高いと思われます。

しかし、仮に釈放されたとしても社会的な信用を大きく落としたことには間違いなく、今までのような活動が出来るのかといえば、しばらくは難しいでしょう。

元不良少年というイメージが強いUZIですので、一定期間は謹慎をして反省の様子を見てから復帰の道を探るものと思われます。

しっかり反省をして、更生した状態でファンの前に姿を現す日を待とうと思います。

 

お金持ちの家系

UZIの祖父は許斐氏利(このみ うじとし)

今の福岡県に当たる筑前国で宗像大宮司を世襲してきた古族であり、海洋豪族として、膨大な海域を支配していた宗像氏。

その宗像氏から分かれた一族で、宗像市南部にある許斐山城を居城としていた許斐氏(このみし)の末裔です。

許斐 氏利(このみ うじとし)

生年月日 1912年(大正元年)12月16日
没年月日 1980年(昭和55年)3月5日
没年齢 67歳

1956年のメルボルンオリンピックに、クレー射撃の選手として出場。

1958年のアジア競技大会優勝など、数々の栄光に輝き、日本クレー射撃協会の第3代目会長です。

ビジネスマンとしても優秀で、オリンピックに出場時に、フィンランドの選手が持っていたサウナを日本に輸入します。

顔から上だけを出す、スチームサウナの創始者です。

そのうえ、金融業を営む家系でもあり、子どものころからUZIが欲しがった玩具は何でもすぐに買ってもらえたといいます。

お坊ちゃまの家系だったのですね。

 

 


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