苑田聡彦がスカウトした選手【スカウトの年収】選手を見るポイントはこれだ!

長い低迷期を脱して、広島カープが連覇を達成した2017年ペナントレース。

その強さの秘密は育成にある!

カープのスカウトとして全国を飛び回り、黒田博樹、金本知憲、江藤智、丸佳浩、野村祐輔、田中広輔などを育成し、FAに頼らないチーム作りを進めてきたカープのスカウト統括部長・苑田聡彦さんについて調べてみました。。

苑田 聡彦(そのだ としひこ)

出身地 福岡県
生年月日 1945年(昭和20年)2月23日
年齢 2017年末現在、72歳
高校 福岡県立三池工業高等学校
身長 173 cm
体重 73 kg
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手、内野手

カープ入団から引退まで

高校時代は、九州ナンバーワンのスラッガーとして「中西二世」と呼ばれていた苑田聡彦さん。

高校卒業後、地元の西鉄ライオンズに入団するものと思われていましたが、苑田さんが選んだのは広島カープでした。

地元球団を袖にしてまで入ったのが、巨人や阪神ではなく広島カープ。

失礼ながら当時の広島は、広島商業など高校野球の強豪校が多くありましたが、プロとしては地味なローカル球団。

地元では熱狂的なファンがいるものの全国的には人気のある球団ではありません。

そのうえ、契約金などの条件も誘いを受けた球団の中で最も低いものだったといいます。

そんな広島になぜ入団することになったのか?

実は、苑田さんが広島入団の決め手としたのは、熱心に誘ってくれた広島カープの久野久夫スカウトの人柄。

「久野さんの熱心さにひかれた。お金はどうでもよかった」

そんな体験が後のスカウト人生に生かされているのでしょうね。

 

プロ野球選手としての苑田聡彦さんは、技術はあるが小柄で地味な選手でした。

出場機会が増えてきて、いよいよレギュラー獲得かと思われた入団6年目に、後のミスター赤ヘル・山本浩二が入団。

山本浩二の入団によって外野から内野へコンバートされます。

しかし、そこでも努力を重ねて、三塁手としてレギュラーをつかみかけたころ、鉄人・衣笠祥雄が三塁にコンバートされます。

よりによって広島カープの2大スター選手とレギュラーを争うことになってしまうとは。。。

 

それでも、レギュラーが故障した時に、その穴を確実に埋める貴重な控え選手として活躍。

1975年の広島カープ初優勝に大きく貢献します。

初優勝の美酒に酔ってから2年後の1977年。

現役選手を引退しました。

 

通算成績は、プロ生活14シーズンで、

試合 814
安打 403
本塁打 23
打率 .236

決して一流選手とは言えない平凡な成績ですが、それでも14年にわたってプロの1軍で生き延びてきたということは、苑田さんにしかできない仕事があったということです。

味のあるバイプレーヤーでした。

 

引退後、スカウトとして

現役引退後、スカウトとして球団に残ることになった苑田聡彦さん。

なじみの少ない東日本を中心に活動を始めました。

広島カープは、市民球団として選手獲得にかける資金も限られ、FAで出ていく選手はあっても、FAで選手を獲得して強くしようという発想はない。

だからこそドラフトでは、「今のチーム状態から考えて最も必要な選手」を確実に獲りにいく。

したがって、指名が競合することは避けて、単独指名できる選手を狙う。

それゆえに、苑田聡彦さんは選手を、球速やホームラン数といったわかりやすい物差しで測ることをしないのです。

 

苑田聡彦がスカウトした選手たち

1996年ドラフト

黒田博樹(専修大学)

有名な話ですが黒田は高校時代は、控え投手でした。

当然、ドラフトで指名されるような選手ではなかったのですが、専修大学に進学した黒田を見て、苑田さんは「一目惚れした」のだそうです。

その理由は

「いいピッチャーは投げ方だけじゃなくて、立ち方、走り方、シルエットすべてが格好いいものなんですよ」

苑田さんが選手を見る時のポイントとして、「ユニフォームの着こなし」「グラブの使い方」という項目まであるのです。

大学時代の活躍が評価されてドラフト上位指名候補となった黒田に「逆指名制度」で入団させたのは、無名だったころから黒田を目当てに専修大に通いつめた熱意でした。

ドラフト会議当日、苑田スカウトは専修大学の校門前で待機。

黒田が指名された直後に大学に入ってあいさつをして、わずか1分で仮契約を成立させたというエピソードがあります。

 

1998年ドラフト

新井貴浩(駒澤大学)

駒澤大学の新井は馬力はあるけれど技術がない選手。

苑田さんも駒澤大学の太田誠監督に「新井はどうだ?」と聞かれて「プロでは無理でしょう」と答えました。

それでも、「技術は三流だけど体の強さは超一流」という言葉に指名することを決めました。

しかし、6位という指名順位から期待されていない選手だったことがうかがえます。

ところが、新井選手の体の強さは本物で、朝から昼までバットを振った。

技術の不足をけた外れの練習量でカバーするだけの体の強さが新井にはあったのです。

苑田さんは「こんな選手は100万人に1人」と新井を称賛し、2000本安打を打つまでの選手に育ったことを喜んで

「スカウトの力じゃない」と言っているそうです。


PAGE TOP