葉室麟の死因は?遺作は「天翔ける」【遅咲きの作家】

北九州市小倉北区出身の直木賞作家、葉室麟(はむろ・りん)さんが亡くなりました。

66歳でした。

葉室 麟(はむろ りん)

本名 本畑 雄士(もとはた ゆうじ)
生年月日 1951年(昭和26年)1月25日
没年月日 2017年(平成29年)12月23日
没年齢 66歳
出身地 福岡県北九州市小倉
高校 福岡県立明善高等学校卒業
大学 西南学院大学文学部外国語学科フランス語専攻卒業

葉室麟さんは、幼いころから貸本屋に通い、手塚治虫や白土三平の漫画をよく読んでいたそうです。

また、若い頃から和歌・俳句にも親しみ、葉室さんの作品には和歌や俳句が効果的に使われています。

 

西南学院大学出身ですが、卒業したのが1976年。

1951年生まれなので25歳ですね。

3年間のブランクは、浪人なのか留年なのか?

大学時代は、映画研究部に所属していました。

 

ちなみに、西南大学出身の直木賞作家といえば、葉室さんの3年後の2015年に「流」で東山彰良さんが受賞しています。

また、芥川賞では、沼田真佑さんの「影裏(えいり)」が、今年2017年に西南学院大学出身で初受賞しています。

 

大学卒業から作家デビューまで

大学卒業後、「フクニチ新聞社」の記者となります。

フクニチ新聞社は、1946年(昭和21年)4月8日に創刊した福岡県福岡市の地方紙です。

最盛期には発行部数15万部でしたが、1990年(平成2年)に和議申請。

1992年(平成4年)4月に破産申請が行われ、全社員が解雇となりました。

葉室麟さんはこのとき、39歳でした。

 

その後ラジオのニュースデスクを経て、フリーライターとなり、50歳をすぎてから本格的に作家として創作活動を始めたという遅咲きの作家です。

2004年(平成16年)53歳の時に、執筆した『乾山晩愁』で新人物往来社の第29回歴史文学賞を受賞。

ついに文壇にデビューを果たします。

受賞時、54歳でした。

 

直木賞受賞までの道のり

2007年(平成19年)56歳の時に、「銀漢の賦」で松本清張賞。

いよいよ人気作家として名前が知られるようになりました。

その後、2008年(平成20年)から4度にわたって直木賞候補に挙がるも受賞を逃し続けました。

第140回直木賞(平成20年/2008年下期)『いのちなりけり』

 

第141回直木賞(平成21年/2009年上期)『秋月記』

 

第142回直木賞(平成21年/2009年下期)『花や散るらん』

 

第145回直木賞(平成23年/2011年上期)『恋しぐれ』

そして、2011年(平成23年)下期・第146回直木賞にて、10年後の切腹を命じられた武士をえがいた『蜩ノ記』(ひぐらしのき)が受賞しました。

このとき、実に60歳11ヵ月。

 

まさに遅咲き、壮年の希望の星ですね。

選考委員評

受賞に値する作品 渡辺淳一
深い素養がなくてはかけない作品 宮部みゆき
定められた命を感情表現に頼らずに写し取った技は秀逸 浅田次郎
若い作家ではこうはいかない 伊集院静
主人公らが清廉すぎる 林真理子
既視感に満ちた話 桐野夏生
おどろきがない 宮城谷昌光

 

その後、2016年(平成28年)には、『鬼神の如く 黒田叛臣伝』第20回司馬遼太郎賞を受賞しています。

 

蜩ノ記

発行日 2011年10月26日(単行本)
2013年11月8日(文庫本)
発行元 祥伝社

 

ラジオドラマ

放送日 2012年6月18日~6月29日
放送回数 全10回
放送局 NHK-FM放送「青春アドベンチャー」

映画

公開 2014年10月4日~(全国東宝系)
監督 小泉堯史
脚本 小泉堯史・古田求
主なキャスト 役所広司(戸田秋谷)
岡田准一(檀野庄三郎)
堀北真希(戸田薫)

初年度の興行収入は11億円を超え、第38回日本アカデミー賞で、優秀作品賞を受賞。

さらに作品賞の他にも、次の9つの賞を受賞しています。

最優秀助演男優賞 岡田准一
優秀監督賞 小泉堯史
優秀主演男優賞 役所広司
優秀音楽賞 加古隆
優秀撮影賞 上田正治/北澤弘之
優秀照明賞 山川英明
優秀美術賞 酒井賢
優秀録音賞 矢野正人
優秀編集賞 阿賀英登

DVD「蜩ノ記」


蜩ノ記(ひぐらしのき) DVD(特典DVD付き2枚組)

葉室麟の遺作

天翔ける

出版社:角川文庫

幕末の四賢侯の一人、松平春嶽を描く歴史長篇!

この男無くして、明治維新は無かった!

坂本龍馬、西郷隆盛も信頼を寄せ、唯一、旧幕府と新政府、両者で要職に就き時代を動かした幕末四賢侯の一人、
松平春嶽を描く歴史長編!

文久3年(1863)。
北陸の要・越前福井藩の家中は異様な緊迫感に包まれていた。
京の尊攘派激徒を鎮めるべく、兵を挙げて上洛すべきか否か。
重大な決断を迫られた前藩主・松平春嶽が思案をしている折、幕府の軍艦奉行並・勝海舟の使いが来ているとの報せがあった。
使いは浪人体のむさくるしい男だという。
名は、坂本龍馬。
彼の依頼を即決した上で、上洛についての意見を聞いた春嶽は――。

旧幕府にあって政権を担当し、新政府にあっても中枢の要職に就いた唯一の男、松平春嶽。
日本を守るため、激動の時代を駆け抜けた春嶽の生涯を描いた歴史長編!

(出典:https://www.kadokawa.co.jp/product/321702000611/)

 

発売日は、亡くなった3日後となる、2017年(平成29年)12月26日。

これが遺作となるのでしょうか。

 

葉室麟の死因

葉室麟さんが亡くなったのは福岡市の病院。

死因については非公開となっています。

入院していたのか、突然急変したのか、それも不明です。

長く患っていたという話もないですし、66歳の若さでもありますので、本当に残念でなりません。

告別式は近親者で行うそうです。

改めて心よりご冥福をお祈りいたします。

ネットでの悼む声


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