キュークリーク炭鉱水没事故・救出作戦成功の裏側

今から17年前、地下深くに大量の地下水とともに閉じ込められた炭鉱作業員の命を救う救出ドラマがありました。

キュークリーク炭鉱水没事故

2000年7月24日、アメリカ・ペンシルベニア州のキュークリーク炭鉱で、地下75mの掘削地点に9人の鉱夫たちが閉じ込められる事故が発生しました。

 

事故原因

地下75mに9人の鉱夫が閉じ込められた直接の原因は、炭鉱を掘っていた作業員が誤って水洞を掘ってしまったことによります。

しかし、これはその作業員のミスではありません。

炭鉱で石炭の掘り進める時には、まず坑内の詳細な地下地図を作成し、それを頼りにどの方向にどれくらい掘り進めるのかを決めていきます。

作業員も同じようにしたのですが、実はその地下地図は改定されていない古いものでした。

当然ですが、坑内を掘り進めていけば地下地図は時間の経過とともに変化していきます。

ところが改定が滞って古い地下地図で掘り進めた結果、シャベルカーで水洞を掘ってしまいます。

しかも水洞にたまっていた水が、なんと!

2億5000万リットル!!

これだけの大量の地下水が一気に噴き出してきたのです。

2億5000万リットルといってもピンときませんが、小学校の25mプールに入っている水が、およそ35~36万リットルと言われます。

計算すると、プールの約700杯分の水ということになります。

プール700杯分の水が一気に噴き出してきたと考えると、その凄さがわかりますね。

 

孤立した作業員

作業員は突然の辞退にも拘わらず、間一髪で横穴に逃げこんで、大量の水に飲み込まれることなく、九死に一生を得ます。

しかし、外への出口は完全に水没し、閉ざされ坑内から出られなくなります。

閉じ込められた作業員は9名。

この9名に次々に危機が訪れます。

 

徐々に坑内の水かさが上がり、9人が逃げ込んだ横穴にも浸水。

水位は首の高さにまでなってしまいます。

地下水の水温は約10℃、この冷たい水に長時間浸かっていると、低体温症で命の危険にまで及びます。

9人はやむなく危険を承知で、水を逃れるために高い場所へ逃げていきます。

幸い避難場所を見つけて、当面の難は逃れました。

 

救助作戦

地下で起きた異変はほどなく地上でも知ることになります。

現場の責任者ジョーを中心に、救出作戦が始まりました。

まず、作業員がどこにいるのかを確認しなければなりません。

情報は何もありませんでしたが、おそらく水を逃れて高い場所に非難しているだろうと推測して、探知機で非難場所を特定します。

場所の特定はできたものの、出入り口からの救出は不可能。

掘削機で掘り進めて救出することを決断します。

掘削機が避難場所に近づくにつれ、非難した作業員の耳にも掘削の音が聞こえました。

自分たちの仲間が救出に向かっていることがわかり、歓喜する作業員たち。

ついにドリルが貫通して坑内へ到達したときには、事故発生からすでに8時間が経過していました。

しかし、まだ救出作業はこれからが本番。

救出のためには、水を避けてトンネルを掘る必要があり、トンネルを折るための大型ドリルが現場にはありません。

大型ドリルの到着までの時間は12時間。

そこからさらに救出までの時間を考えるとまだまだ長期戦となることを覚悟しなければなりません。

まず第一の課題は酸素の確保。

地下75mは、地上に比べて酸素が薄い。

そして、出口を水で塞がれ、酸素の供給が十分ではありません。

通常の空気中の酸素濃度は約21%

この酸素濃度が18%未満になると、頭痛など症状が起こります。

16%未満で強い頭痛や吐き気。

10%を切ると気管閉塞によって死に至る危険性があります。

もう1つ。

これ以上、水位が上がって現在非難している場所が水没してしまわないように、水位の上昇を抑える。

この2つの課題を解決するために、

地上からポンプを使い、地下水を汲みだすと同時に、エアーポケットの圧力で空気調節をすることで地下水を押し戻します。

この対策によって、水位を抑え込みながら、酸素を供給することができるようになりました。

大型ドリルでのトンネルの掘削が始まってからも、固い岩盤で大型ドリルの刃が折れてしまい、折れたドリルを直すための道具が必要になったりと、まさに一刻を争う必死の作業が続きます。

最後の難関は、トンネルが貫通すること中に閉じ込められていた空気が抜け、その影響で地下水が急激に上昇する可能性があることがわかりました。

水位が上昇し、閉じ込められている9人もろとも水没してしまうかもしれない。

空気調整の専門家でも、予測不能。

そして、そのような事態に備えての対策もなし。

責任者であるジョーは、他に方法がないことを悟り、リスクを承知でトンネルを掘り進めることを決断します。

そして、事故発生から78時間後の、2000年7月28日・午前0時55分。

トンネルが貫通し、心配された水位の上昇も起こりませんでした。

ついに救出が成功したのです。

足掛け3日間におよぶ救出劇でした。

 

2人のリーダー

今回の救出劇に不可欠だったのは、救出する側と救出される側に強力なリーダーがいたこと。

救出する側の責任者であるジョーは、絶対に9名全員を救出するという決意を示すために、ボードに

「9 FOR 9」

と書き、様々な決断を下しながら9人の命を救います。

また、救出される側のリーダー、ランディーは、最後まで諦めてはいけないと仲間を叱咤激励し続けました。

作業員の中には生存を諦め、段ボールの切れ端に遺書を書き始めました。

しかし、ランディーは「絶対に生きて帰る」と唯一人、遺言を書くことはなかったそうです。


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