小林誠人の経歴・年収【なぜヘリに乗るのか】救命医になるには

大人気ドラマ「コードブルー season3」が終了しました。

このドラマを見て救命医を目指そうと志した若者がきっといるのではないかと思います。

やりがいに満ちた素晴らしい仕事であると同時に、過酷なイメージがありますが、リアル・コードブルーともいえる、日本一忙しいフライトドクターを紹介します。

ドクターヘリ運航の初年度から年間フライト数847件という、当時ぶっちぎりの「出動数日本一」を記録。

現在では、年1900回と出動回数全国一位を誇る、兵庫県にある公立豊岡病院・但馬救命救急センターのセンター長です。

小林 誠人(こばやし まこと)

出典:healthcare-biz.jp
生まれ 1968年(昭和43年)
年齢 2017年11月現在、48歳
出身地 鳥取県
血液型 A型
趣味 スキューバダイビング、水中写真
座右の銘 万事機嫌よく
高校 鳥取県立鳥取西高等学校卒業
大学 鳥取大学・医学部卒業

2010年より公立豊岡病院・但馬救命救急センター長として活躍をしています。

専門 救急医学,集中治療学,救急・外傷外科学,病院前救急医療学,災害医学,医学教育
認定 日本救急医学会指導医・救急科専門医・評議員
日本集中治療医学会専門医・評議員
日本外科学会指導医・専門医
日本外傷学会外傷専門医
麻酔科標榜医
日本航空医療学会認定指導者・評議員
日本腹部救急医学会評議員
日本急性血液浄化学会認定指導者・評議員
日本shock学会評議員
日本集団災害医学会評議員
日本臨床救急医学会評議員
日本Acute Care Surgery学会評議員
日本病院前救急診療医学会評議員
日本救急医学会近畿地方会幹事
日本集中治療医学会近畿地方会評議員
日本エンドトキシン・自然免疫研究会代議員
但馬地区MC協議会会長
京都大学医学部臨床准教授
鹿児島大学医学部非常勤講師
日本DMAT隊員・統括DMAT

多すぎて何が何だかわかりません。

とにかく頼りになるスーパードクターです。

 

小学生の時に診てくれた開業医さんが近くにいたことで、医師になろうと思い始めた小林少年。

医学部で学んだ知識・技術をフルに活用して医療にあたれることに魅力を感じて、救急医を目指したそうです。

救急の現場では、1分1秒でも早く医療介入を開始し、常に全力で救命活動に邁進しているとのこと。

「医者が諦めることは人の死を意味する」

 

そのため、諦めなければならない理由や根拠がはっきりしない限り最善を尽くす。

まさにドラマの世界ですね。

自分の判断や指示が、目の前の患者の命を救えるのか死亡させるのかを左右するという強烈なプレッシャーと闘いながら、感情を表に出さず、アドレナリンを出さないで、冷静な対応をすることを心掛けているそうです。

 

プロフェッショナルだ。。。。(涙)

現在は日々、救命の現場で奮闘しながらも次世代を担う救命医を育成することにも力を注いでいるといいます。

 

JR福知山線脱線事故

小林誠人ドクターは、2005年のJR福知山線脱線事故で陣頭指揮をとった救命医としても知られています。

2005年(平成17年)4月25日

JR西日本の福知山線(JR宝塚線)塚口駅 – 尼崎駅間で発生した列車脱線事故です。

 

原因は、運転士の速度オーバーおよびATSの整備遅れとされています。

乗客106名と運転士1名の合わせて107名が死亡、562名が負傷した大事故でした。

脱線衝突の衝撃で車体がつぶれ、窒息死・圧死、失血死、ラッシュ症候群などが主な死因。

救出された生存者の中にも、クラッシュ症候群で手足の一部を切断するなどの重傷者がいました。

この悲惨な現場で、救命の陣頭指揮を執っていたのが当時36歳の小林誠人ドクターでした。

想像を絶する世界です。。。

この経験が後の救命医としての活動に影響を与えたのでしょうか。

 

小林誠人ドクターの勤務する病院

公立豊岡病院 但馬救急医療センター

兵庫県豊岡市戸牧1094

診療時間 24時間・365日
緊急度・重症度に応じた診療を行います
トリアージの結果によっては長時間の待ち時間が生じます
電話 0796-22-6111(代表)
FAX 0796-22-0088
アクセス 【電車】JR豊岡駅からバス,タクシー

小林センター長以下、総勢25名のスタッフで、全国屈指の救命センターを支えています。

小林 誠人(こばやしまこと) センター長
星野 あつみ 医長
上田 泰弘 医長
番匠谷 友紀 医長
大江 崇史 医長
松井 大作 医長
前山 博輝 医長
藤崎 修 医長
杉野 貴彦 医長
濱上 知宏 医長
後藤 保 医長
佐藤 紘一 医長
安田 唯人 医員
金 泰秀 医員
原 卓也 専攻医
樋口 遼 専攻医
松村 圭祐 専攻医(出向中)
和田 大和 専攻医
渡辺 倫夫 専攻医
村尾 允弥 専攻医(出向中)
谷口 大介 専攻医
井渕 誠吾 後期研修医
永嶋 太 非常勤医師
中嶋 麻里 非常勤医師
藤原 大悟 脳神経外科(兼務)

ドクターヘリの普及

2001年に岡山県・川崎医科大学で日本初のドクターヘリ導入促進事業が始まりました。

当初はなかなか思ったように普及が進まなかったのですが、

その最大の理由は、ドクターヘリの運営経費の高さでした。

その額は、年間約2億円以上といわれています。

これは必要と思ってもおいそれとは導入できませんね。

 

しかし、2005年に成立した「ドクターヘリ法案」によって、国が最大9割まで負担することになりました。

これによって、自治体の負担は約2,000万円にまで削減されて大きく普及が進むことになりました。

 

2017年2月現在で、40都道府県に49機のドクターヘリが運用されています。

導入されていないのは、東京都、石川県、福井県、奈良県、鳥取県、香川県。

石川、奈良、鳥取は、導入が決まっているようですので、残りは東京都、福井県、香川県です。

 

東京は医療機関の普及が地方よりも進んでおり、救急病院も多くありますので、ドクターヘリ導入は最後になるといわれています。

福井県、香川県の早期導入が待たれます。

 

全都道府県導入まで残りわずかとなったドクターヘリ事業ですが、以下のような問題点もあるようです。

  • 基地病院内や病院間の横の連携
  • 十分な数の医師の確保
  • 乗員の養成システム
  • ヘリポートの不足
  • 夜間離着陸ができない
  • 着陸する場所が少ない
  • これらの整備もドクターヘリが本当に充分な活用が出来るために必要なことなのです。

    救命活動以外にも、合同訓練なども行われているようです。

     

    小林誠人の年収

    これだけ尊敬に値する誇り高いドクターの年収を調べるというのも気が引けますが、参考までに。

    医者はお金持ちというイメージがありますが、それは開業医の話。

    小林誠人ドクターが勤務しているのは公立病院ですので、肩書としては公務員です。

    一般的に、激務となる救急医の年収は、通常の病棟の医師に比べて高目で、1000万円~2000万程度だそうです。

    2000万円というと、総合病院の院長クラスの年収です。

    また、救命救急医には「救急科専門医」という資格があり、その経験によって給与に差があるようです。

    公立豊岡病院 但馬救急医療センターで募集している救急医の待遇は以下の通りです。

    待遇例

    免許取得後6年目例 約1,140万円
    免許取得後7年目例 約1,230万円

    これに当直手当、時間外手当などが加算されます。

    当直手当は一般的に2万円くらいといわれますので、何だかんだで年収1500万円くらいはありそうですね。

    小林誠人ドクターはセンター長という地位にあり、経験も豊富。

    最低でも1500万円。

    おそらくは、2000万円くらいではないでしょうか。

    しかい、あくまでも公務員ですので、2000万円以上ということは考えにくいかな?

     

    救命救急医研修プログラム


    PAGE TOP